細分化される専門性

大昔、まだ診療技量に大きなウエイトが置かれていて、
医者が少なかった時代には、(軍医はまた別。)
地域に起こる病気、怪我、お産などなんでもかんでも
一人の医者が対応していたと聞く。
なんでもこなし、経験が豊富だった昔の医者。

近年では診療科に分化され、
その中でさらに専門が細分化される傾向となった。
大昔と大違いで、
診療受ける側施す側との間には、
社会的にも知的にも別段差異などない。
今は、よかれと思ってなまじっか専門以外のことに手をだしても、
結果が悪いとなれば確実に訴えられる平成の世である。

欧米の施設の話を聞くと、
珍しい疾患でも取り扱う症例数が飛びぬけて多いことに気付く。
多くは施設によって専門を大きく打ち出しており、
極端に言うと、国中で起こるその疾患の患者を
ヘリコプターをはじめ、ありとあらゆる交通手段を駆使して搬送して
その施設に集中させるのである。
そのため他の施設にその疾患が分散することなく、
珍しい疾患であっても取り扱い数が飛躍的に増える。
取り扱い数が多ければ、
診察や検査、治療も自ずと洗練されたものになる。
データが多く集まるためこれを経験として、
さらに効率がいい治療を行うことができるようになる。
その代わりそこに行くには時間や手間がかかるわけだ。
また反面、得意でない他の疾患はよそに送ってしまう。
ひとつのことしかできないが、
ひとつだけはものすごくうまくこなせる医者。
すなわち「職人」である。

日本国内の大学病院や大きな施設では
その診療科の中でいろいろな専門をもつ医者を有しており
たいがいのことはなんでも診る。
珍しい疾患がきてもその分野の医師が一生懸命治療することとなる。
だから珍しい疾患は分散し、豊富に経験する機会はない。。
欧米のようなシステムがなく、
せめて県内や周辺自治体領域から集めるのが関の山である。
一つの分野に特化したいが、
患者が分散するため十分な経験を得られず、もがく医者。

これから時代は専門の細分化に向かう。
昔の医者のイメージからはますます遠く離れて、
ただ職人となることを要求される。

いまでも医者ならなんでも診てくれると信じる、
ナイーブな患者や家族もいる。
こういう人たちも気が付いてくれるだろうか、
この時代の波に。
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by decoppati | 2005-06-25 23:16 | 脳外科の仕事
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