無力

どんなにいろいろ手を尽くしても、
もうどうしようもない症例がある。
脳や神経系では損傷が及んでいる部位や
発症からの時間、現在の症状によって、
もう手遅れであったり、
なすすべがないことがわかってしまうことがある。
それでも万が一の可能性を信じて、
できる限りの手を尽くすのが仕事である。
ただ、その残酷な現実については
正直に説明しなければいけない。
そして家族からストップがかからない限り
救命する方向に、たとえ重篤な後遺障害が残っても、
手を尽くすのが使命なのである。

当直のときに心肺停止で運ばれてきた80代の身なりのいい紳士。
ご家族揃っての夕食中のくも膜下出血だった。
雨の中、救急車に遅れて息せき切って駆けつけた
同年代の上品なご夫人が、
左手に必死の思いで雨の水をためて持っていた。
「これをかけたらお父さんが生き返ると思うの」
と祈るようなまなざしでつぶやいておられた。
私から蘇生後の病状の説明を受けている最中だった
息子さんや娘さんにそんなもの捨てて、といわれていたが、
こういう気持ちを踏みにじることはできない。
本当にそんなことが起きればいいのに、と
わたしも祈りたい気分になった。

実際、その12時間後に亡くなった。
亡くなる直前ご夫人は、彼に向かって、
「お父さん、これまで本当にありがとうございました」
と手を握りながら涙を見せずに丁寧にお辞儀された。
娘さんや息子さんにも入り込めない、2人だけの儀式だった。
なんともやるせない思いでいっぱいになった。
結局、いつか必ず人は死ぬわけだから、
ちょっと頑張っても変わるはずがない。
限りある人生の前で医学はしばしば無力である。
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by decoppati | 2005-01-24 23:28 | 脳外科の仕事
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