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カテゴリ:脳外科の仕事( 65 )

子供の受診を希望する大人

特に子供の場合、
病院にかかるかどうかは本人ではなく、
周りの大人たちの裁量によるわけだが、
こと頭となると、
ちょっとうったとかちょっと切ったというだけであっても
大人の心配が募るようで
とにかく脳神経外科外来には子供がよく連れてこられる。

連れてくる大人の心配も重々承知しているので
来院すれば診察や消毒、縫合などの処置、
必要があれば検査などを施す。
傷などはたいてい、
これが膝なら病院には来ないだろうと断定できるほど、
ささやかなものだったりする。
むしろ親に安心を与えることが主体となる。

連れてくるのは、
両親、祖父母、子供の友人の親、幼稚園・学校の先生などだが、
往々にして親が不在のときに起きた頭部外傷で
預かっていた人が連れてくることが多い。
この数年でほんの1mmの傷でも
若い親が慌てふためいて連れてくることが本当に多くなった。
頭をうったわけでなく、
ちょっと擦ってかすり傷をほんの少し負っただけでも
救急車でくるなんていうのも珍しくない。

ひどいのは、元気いっぱいニコニコしてる子供をつれて
目を離したすきに転倒したのでどこも痛がってはいないが
頭を打ってるかもしれないので救急車を呼んで、
「打ったかどうかみて欲しい」という母、案外多い。
頭部外傷の事実が明確でないうえ、
打ったことを示唆する症候(腫れ、発赤、傷など)や
症状(頭痛、嘔気、嘔吐など)が全くないなら
診察を必要としないことは明らかである。

以前なら近くに相談できる子育て経験者がいて安心できたものを
核家族化と近所付き合いの希薄化のためか
孤立した夫婦が客観性を失って病院にやってくるように思う。
なによりも小児の医療費が無料となっている自治体では
なんでもかんでも容易に受診する傾向がある。
母親同士の情報交換で
タダなんだから使わなきゃ損という気風が見受けられる。
また、小児だというだけで、
診察の順番を早くしてくれて当然といった
誤った特権感情があり、
全く状況を勘案せずにクレームをつけてくる親が多い。

一方で脳内出血になってる老人を
家族が一般車で一生懸命連れてくる。
「救急車をやたらめったら呼んじゃ申し訳ないと思って」
という人ほど、本当は救急車で来ていただきたい人だ。

日本人が元来持っていた他人への配慮、
社会秩序の尊重などの美徳は
このまま失われてしまうのだろうか。
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by decoppati | 2007-09-09 05:18 | 脳外科の仕事

当直のときの過ごしかた

当直のときの忙しさは病院によって大幅に異なる。
脳外科のない病院の場合、
当直帯に患者に相談に来るように
宣伝しているところもあって忙しいこともあるが、
施設がないため手術ができないためおおむね平穏である。
三次救急や二次でも周囲に他の病院がないところは
いわずもがなで、いつなんどきなにがくるかわからない。
外来がコンスタントに来て、挙句、
重症が重なったり手術したりして一睡もできないことも多い。

救急車が来るのを事前に医師に知らせない病院もあり、
その場合、トイレにいたり、御飯を食べてて
突然、呼吸停止した人がきてまーす、
とかいわれて慌ててダッシュすることさえある。

看護師さんと違って医師の当直は院内待機であり勤務帯ではない。
大体、朝から働いてそのまま夜当直をして
さらに朝から普通に働いてその日がまた当直じゃなければ夕方帰る。
というわけで、その待機の間、仕事以外のことをしていても許される。
ただし軟禁状態なのでスペースは限られている。

それでも一般的なのは、仕事の残りを片付けること。
論文を書いたり、勉強をしたりするのが正しい過ごし方かもしれないが、
途中でバンバン呼ばれる施設では集中できず効率が悪い。
というわけで、他の過ごし方といえば、
DVD鑑賞、インターネット、TV鑑賞、読書などが多いか。
ただ寝るっていうのも正しいと思う。

昔、レジデントの頃、外勤で行っていた当直先は
まさに突然重症患者が運ばれてくるところだった。
まとまって勉強できるところではなかったので
サックスの練習にいそしんでみた。
当直室が病棟と階が違って離れていたし、
浅知恵で防火扉を閉めたりして防音したつもりだった。
かくして、一階にある救急外来に呼ばれていくと、
患者が看護師に「ラッパが聞こえるねー」と話していたり
看護師に「今まで音楽が聞こえたんだけど止まっちゃいましたね」と
いわれたりして気がついた。実はまる聞こえだということ。
しかし自分だとは気付かれていないという不思議さ。
誰も憤っていなかったのはいい時代だった。

その後、反省して当直ではブルースハープに転向。
サックスよりずっと音が小さく、
白衣のポケットに入ってしまう携帯性のよさ。
さらに減煙にもなるなどいいとこばかり。

その他、最近ではDVDとともにヨガをやることもある。
普通の日にやろうとしてもなかなか時間を作らないので
定期的に当直のときにやるのはよかった。
ただし、年のせいか運動不足か、
突如コールがきても尋常じゃなく息が切れてたりするのが
人からみてかなり変だと思う。
今流行のBoot Campなんかやったら
もっと息がきれて、汗かいて、顔が上気したりして
さぞや様子がおかしいだろう、患者からみたら。
まだ着手する気にならないが。

大体の場合、終わってみると
こんなことしてた後に忙しくなって、
あんなことせずに寝ときゃよかった、と思うこともしばしば。
すでにこんな生活を十何年やってても学習効果なし。

というわけで若干人目を気にしながら、
軟禁生活の充実を図っていくのである。
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by decoppati | 2007-08-12 22:32 | 脳外科の仕事

今の研修制度をのりきるには

3年前から初期臨床研修医(レジデント)制度が大改革されて、
大学をでて国家試験に受かった後も、
いろいろな科を廻って研修しなければいけなくなって、
現場でのレジデントの存在意義が大きく変わってしまった。
以前はスーパーローテーション希望の例外を除いて、
大学卒業時に自分の進みたい科を決めて
その科かその科指定の基礎研修に入るのが通例だったため
1年もすればその科のことはだいぶ仕切れるようになったものだ。

今は1-3ヶ月程度でぐるぐる科を廻るので
レジデントがとりわけ得意な分野を作ることが難しい。
昔のように仕込めば仕込むほど、
自分たちの仕事が楽になるものではないことから
先輩医師が本気になって教えてくれることも少ないのだという。
その代わりいろいろな疾患を直に学ぶことができたり
いろいろ経験できるところが利点とされている。
実質、どこの科でもお客様のように扱われているようにも見える。
だからぐうたらな研修医など手を抜いてさぼっていても
真面目に怒ってくれる人もおらず、ぼーっと研修を終えることもできる。
その結果、どうなっていくのか、考えると空恐ろしい。

ただ本来はやはりやる気に満ちた研修医のほうがずっと多いわけで、
彼らが先輩医師からチャンスをもらえないといって
焦っているのをみると胸が痛い。

そんなときちょっとしたアドバイスをすることがある。
① 以前と違って同じ病院とはいえ頻繁に環境が変わるので、
   研修医のことを誰も認識できないことが多い。
   誰とは知らない人がぼーっと立っていても声を掛ける気が起きない。
   知らない職員にもはっきりと挨拶をする癖をつけると
   かなり印象がアップする。
   研修医〇年目のダレダレと名乗るのがキーポイント。

② 沢山研修をしたいのであれば、とにかく足で拾うこと。
   他の医師がしていることを見に行く、
   なにか処置や手術があれば見に行く、
   自分の廻っている科以外でも
   珍しい処置や手術があればちゃんと話を通した上で見学する、
   なにもなくても病棟で仕事をみつけてしていれば
   なにか起きることもある。
   熱心に見にくる人にはいろいろ経験させてあげたくなるものである。
   暇なときは救急外来あたりをぶらぶらしてみると
   なにかしら研修のネタが拾える。

③ 研修医の間は医師になったばかりで気負いすぎていることがある。
   看護師からの依頼などを安請け合いするのは厳禁。
   自分だけの考えでは危険を招く。
   任されている以外のことは必ず指導医に声をかけること。
   独りよがりな研修医にはチャンスはなかなかめぐってこない。

④ 自分の進みたい科が決まっている場合、
   その科以外を疎ましく感じてやる気を失う人もいるが、
   どの科でもその科となにかしらの関連をもった領域があるはず。
   そこのところを突き詰めてみるときっと将来ためになる。
   たとえば、脳外科に入りたい人。
   内科、外科、放射線科、麻酔科研修はいうに及ばず。
   小児科では小児の管理や大泉門からのエコー操作を学んだり、
   産婦人科でテンカンや脳疾患をもつ妊婦の管理や
   妊婦への投与禁止薬物など。
   とにかくこの制度となっているからには、
   どうにかして無駄のないように過ごして欲しい。

⑤ 手技的なことを学びたい場合、
   基本である縫合や、糸結び、糸縛りなどは
   どこでもシュミレーションできるのだから
   本番に備えて練習しておくといい。
   本番でうまくできれば次もよんでもらえるが、
   基礎的なことを怠るひとはただの足手まといであり、
   次のチャンスはなかなか廻ってこない。

なんだかんだ2年の研修が終わってみれば
医師としてだいぶ力がついてくるわけでむやみに焦る必要はない。
問題の多い制度とはいえ仕方がない。
どうにか有意義に乗り越えていただきたいと思う。
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by decoppati | 2007-08-12 21:34 | 脳外科の仕事

タバコとお菓子

これはどこの世界でも共通の話題だと思う。

大人数で働いてる職場、
そして共同作業を強いられる職種では
小さなことでもそれが連帯感につながることがある。

その一つが「タバコ」。
このご時世、特に病院では
院内はもちろん敷地内でも禁煙が当たり前となった。
しかし医療関係者の喫煙率は実は高い。
以前は診察室内でタバコすいながら診療してた医者もいた。
看護師も技師もよくタバコを吸う。
少なくとも食堂や医局、研究室などではパカパカ吸ってOKだった。
10年前ぐらいから段々吸える場所が限られてきて、
喫煙所なるものが出現した。
(しつこいようだが病院の場合はバルコニーなども禁止で、
病院の建物からでた外のみOK)
会社でも事情は同じだろう。

スモーカーというのは大抵、
仕事の節目節目にタバコを吸いたくなる性質をもつ。
以前と違って、遠征せざるを得ないため仲間が欲しくなるようで
スモーカー同士誘い合わせたりしてそそくさと喫煙所に向かう。
よもや一人で向かったとて、その場には先客がいる。
かくして「喫煙所仲間」ともいうべき
奇妙な人脈が連なるチャンスが生まれる。
ノンスモーカーだと知り合いになれない
他部署の人たちと知己を得るのである。

また一日のうち何回も同じメンツでそこで話をしてるため
情報がそこだけに限局されることが多く、
同じ部署のノンスモーカーだけが大事な決定事項を知らなかったりする。
これを嫌ってノンスモーカーでもわざわざ喫煙所に行って、
話に参加するものまで現れている。

「喫煙村八」とでもいおうか。
禁煙して面食らうのはこれだ。
ただ、わざわざ副流煙を吸いにいくこともないし、
用もないのにお愛想尽くしに行くなんて馬鹿馬鹿しい。
情報が遮断されてしまってるのを
なにか他のやり方でキャッチアップする必要がある。
これはスモーカー側に思い遣りの心が芽生えるか、
同じ部署でノンスモーカーの比率が増えない限り、変わらないだろう。


小さな連帯感の象徴として
もう一つとして上げたいのは「お菓子」。
これは主に女の世界の話かなあ。
病棟で仕事してると、
良かれと思って看護師さんが飴をくれたり、
休憩所に誘われてくずもちとかまんじゅうとかせんべいとか
とにかくいろんなお菓子を勧めてくれるのだが、
これがまた断りにくいこと。
甘い物あんまり食べないから、とかいえるような雰囲気じゃないのだ。
というのも、あまりに好意的に、わざわざ分けてくれてるので
無下にするとたたりが怖いというか、波風が立ちそうと言うか。
こんなことで折角、仲間にいれてくれてる厚意を無にすることもない。
かくして、ダイエットしてようが、好きじゃないものだろうが、
くれちゃったらその場は笑顔で受け取って、
後で食べるとかいって持ち去り、
欲しがる後輩などにお裾分けする。
男性医師は意外と甘いもの好きなのに
直接もらえないことが多いから喜ぶし。

まあ、予防としてはなにげなく、
甘い物はあまりたべないとか、
ダイエット中とあらかじめ公言しておくのがよさそうだが、
それがまた看護師様たちの勧め心に火をつけてしまって
むしろ逆効果となることもあり、注意が必要である。
(甘い物食べないっていってたけどこれはおいしいって、とか
 ダイエットなんか許さないっ、とか。)
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by decoppati | 2006-08-29 00:02 | 脳外科の仕事

同級生≠医局の同期

職業訓練校である医学部を卒業すると
大学の同級生はほとんどすべて医師としての同期となる。
みんな散り散りに研修したい場所へと散っていくので
仕事をし始めてからは
間近に大学の同級生がそうそういるわけではない。
卒業した大学病院に残った場合とて、
仲がよかった友人たちに限って外に武者修行にでてしまい、
同級で残っているのは
6年もの学生生活を通して興味が湧かず、
話をしたくなかったような連中だけだったりもする。
そしてよりによってそういう連中と医局の同期として
長きにわたって付き合っていかなければならなくもなる。

性格に難があり大学のときには同級の中で孤立していたような人。
医局に入って、過剰に先輩に擦り寄ることで居場所を確保できたりする。
外科系ではパシリができれば性格がどうであれ上等兵である。
またこういうタイプに限って、
先輩が聞きたいだろうことを話を作ってでも吹き込むもので、
こういう同期がいると最初から足の引っ張り合いが横行し
ひどい有様となる。
よもやこんな目にあったら、
あらぬ疑いをかけられても
生真面目に真実を訴え過ぎず、人を非難しすぎず、
クールに過ごし、仕事に専念しているのが良いように思う。

研修医のときなど、
忙しいと他の科の人間と顔をあわせる機会がほとんどないので
本当に狭い世界の中の小さな尺度でしかものを考えられなくなる。
第三者的に考えたらたいしたことでもないのに
忙しくて消耗しているのもあって
ふとしたときに変なことを深く思い悩んだりする。
そういうときにICUや廊下で他科にいった友人たちと遭遇して
明るい声で話しかけられたり馬鹿話をすると
ぱっと我に帰ることができる。
自分には沢山、親身になってくれる面白い友人がいたんだよな、
医局だけが人生じゃなかったんだよなあ、と。
今ならネットもあるし、遠くの友人でも簡単にコンタクトがとれるから
そこまでの寂寥感はそもそもないかもな。

医局の同期というのは1年程度の研修期間中は一緒に育てられるが、
二年目以降はばらばらの場所で研修に入るので
実はその後、同じ場所で働くことはまず皆無である。
(あくまでうちの医局の場合)
だから関係なく暮らしても別に支障はない。
仲のいい同期同士というのはきつい研修の間、慰めあったり
違う病院にいながらも連絡を取り合い、
情報を交換して楽しそうにやっている。
脳神経外科の場合、研修の最後に専門医試験を通るので、
その受験勉強は通常なら同期同士で結束してやるようだ。
それにしても、独力で勉強しても通るので大丈夫。

なんの仕事でもそうだろうが、
学生じゃあるまいし、仕事の仲間でつるんでる必要なんてない。
ひとたび仕事を離れたら、
あとはほんのわずかな自由時間がよりよいものになるように
気楽で思いやり深い友人と屈託なく楽しく過ごましょ。
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by decoppati | 2006-05-29 23:44 | 脳外科の仕事

脳外科疾患の宿命

脳は再生困難な臓器であるために、(実験と臨床は別)
脳外科にやってくるような疾患では
発症と同時に運命が決定付けられることが多い。
脳は場所によって多岐多彩な機能を担っているので
やられた場所によって出てくる症状が違う。
ただ、人によってマップが全く違うわけではなく、
おおまかにはどこにどの機能というのは判明しており、
大体のところは同じである。

誰であっても病院にたどり着く前に
修正不能なほどに脳の損傷が与えられてしまうと
どんなに手をつくしても元に戻ることはない。
ただ、「元に戻れなく」ても、救命されるように治療が行われる。
損傷された場所をみれば最低限
どんな後遺症が残るのかは予測ができる。
ただでさえ、亡くなるような重症も多いわけで
喋れなくなったり、嗅覚・視覚・聴覚に障害を負ったり、
意識が悪いまま植物状態で経過したり、
どちらかの上下肢の運動が妨げられたりと
大きな障害が残ることがすごく多い。
例外的に、幼児や若年者では回復が非常によく、
もともと血管奇形などがある人の一部などでは
予測できないほど改善する人もいる。

死んでしまったらそれまでだが、
生きていれば症状が改善する可能性が残る。
障害とともに生活していくのは本人にとっても家族にとっても
非常に大変なことであるが、
生きている限りはなにかしら張り合いや楽しみを持っていただけるよう
バックアップするのも脳外科の仕事のうちである。
「手術が成功する」のと、
「元通りに戻る」のが別意であることが多いこの仕事、
独りよがりにならず、人の身になって
きめ細かい目配りができるよう気をつけていきたいものである。
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by decoppati | 2006-05-04 06:38 | 脳外科の仕事

インターネット前夜

まだインターネットが普及する前、
携帯電話がまだでかくて都市のみでしか使えなかったときの話である。

雑巾のような待遇だった外科系研修医にとって、
当直じゃなくても自分のプライベートな自由時間を持てるのは
非常に限られた時間帯だけであった。
深夜2時から明けて7時頃。
普通であれば寝ればいいものを、
ここぞとばかり有効に使いたくなったものだった。

友人にも交際相手にも家族にもなかなか連絡できない身は辛い。
そのままにしておくと誰からも疎遠になってしまうから。
たまにはゆっくり連絡したいわけだが、
こういう時間がとれるのは唯一そんな時間帯だけだった。
しかし、どんなに親しくても
緊急事態でもないのに明け方に電話するのは憚られる。
というわけで自由時間に悠々連絡できる相手は自ずから決まってくる。
時間が丁度さかさまになる国にいる友人や夜行性の職業の人達。
女性の友人が悩んで夜眠れずに、
相談の電話してくるのさえwelcomeであった。
思えばその頃は病院も暢気で、
院内から外線で外国に電話掛けてたけど、お咎めなかったなあ。
その頃、夜中に他愛もない会話につきあってくれた友人に感謝である。
これらは本当にいい気分転換になった。
寝不足になったとしても、睡眠とは換え難い平安をもたらしてくれた。

そして10年前頃からまずインターネットが普及したことで
どの時間でも相手の迷惑を心配せずに
コミュニケーションをとれるようになった。
これはこういう生活をするものにとって画期的な改善であった。
昼間の仕事の自宅住まいの友人にも気兼ねなく連絡できるなんて。

自分も今となっては普通に電話する時間さえとれる余裕もあるし、
研修医も時間に相当余裕があるし、それほど切実ではないのだけれど。
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by decoppati | 2006-04-03 23:00 | 脳外科の仕事

忘年会

まあ、なんの仕事でもこの時期忘年会はつきものだろう。
やっとひと段落したものの、
わが脳神経外科は仕事柄、関わる病棟や部署が多く、
どこの病院に居ても参加を求められる忘年会の数が多い。
救命病棟、術後重点病棟、後方病棟、脳外科病棟、
放射線科、小児病棟、手術室、救急外来、
病院全体、病院医師のみ、大学医局などがそれで、
真面目に行ってたら都合10個以上となる。

当科では冬は患者も手術も増えて、繁忙期にもあたるが、
義理も欠けないので、みんなで手分けしてでることにしてる。
最低何回とか決めて、
ウチの科の人間が行かないところがでないように配慮しつつ、
強制的に参加せざるをえない。

大体、忘年会の参加費も馬鹿にならない。
昔は「医師20000円、看護婦ただ」とか
「医師10000円、看護婦2000円」とか、
あったりまえのように書いてあったものだ。
(男性女性って表記してあったことも多かった。
 もちろんわたしは男性料金を払ってた。
 今は医師に他科では女性が増え、
 看護師と呼ばれるようになったほど看護する男性も増えたが。)
今でも忘年会の相場は6000-20000円といったところか。

医師は沢山払わされるうえに、
看護師たちの好きなようにしょうもないゲームの肴にされたりする。
会が始まってまだなんにも食べてないのに
病院から呼び戻されることなんてよくあることだが、
払った金はもちろん返ってこない。
飲兵衛で女好きには最高の宴だろうが、
あほなゲームでしらける人には苦行である。

参加費はdonationのつもりじゃないとやってけない。
年数があがるにつれて、
無言の圧力で看護師側のしょうもないゲームを排除したり、
気を使ってもらえるようになったのはせめてもの救いである。
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by decoppati | 2005-12-26 07:14 | 脳外科の仕事

寒くなると..... 脳外科の季節!

しばらくのご無沙汰。
やっぱり寒くなると、脳外科は俄然忙しくなる。
一番多いのは脳血管障害系統。
脳内出血、くも膜下出血、脳梗塞も。
春や秋に穏やかな日が続くなか、
一日だけ寒くなったりしても患者が増える。

高血圧を放置している方もちゃんとコントロールしておくことをお勧めする。
くれぐれも寒暖の差には注意!
倒れる人のなかで、
1. 医者嫌いで病院に行かないという自営業の人で
   実は高血圧も糖尿病もあるのに全く自覚症状を無視してて
   発症してるのに気付いてなかっただけなんてよく聞く話。
2. 健康診断などで高血圧を指摘されていたにも関わらず、
   治療を受けずに、
   或いは自己判断で降圧剤の服用を止めてしまって、
   全く放置していたなんてのも非常によくある話。
3. 30代後半から40代前半でも明らかな肥満体型で
   実は血圧が高くなっているのに管理しておらず、
   スポーツジムでのトレーニングや
   セックスしていて発症するのも少なくない。

日本の家屋の中は場所によって寒暖の差が激しいことが多く、
典型的には風呂やトイレ、台所が家の中でも最も寒い。
熟年層以上ではそれらの場所にコンパクトな暖房器具をつけ、
なるべく暖かく過ごせるように工夫されると予防の一端になるであろう。

30代後半から太り始めた人も、
なるべく体を絞る方向で考えたほうが良い。
太ると血圧は上がる。
肥満のとき高血圧でも、たとえ1-2kgでも減量すると血圧が低下する。

塩分制限や減量で血圧が安定するのには時間がかかるから
その間は医者に言われたとおり、
降圧剤を服用してまずコントロールを始めることを勧める。
その後、塩分制限などのダイエット、
運動(早足で朝晩30分以上散歩するなど)を続けているうちに
みるみる血圧が下がってくることはよくある。
そのうち降圧剤が要らなくなることもままあるので、
最初から「一生飲むのか」などと悲観せず、
続けられるやりかたで工夫をしてみる価値はある。

もちろん降圧剤を飲んでいれば出血がおきないということはない、
が、
脳内出血を患う人の中に自分の血圧が高いのを知っていながら放置し、
あとですごく後悔する人が多いのをみると私も悔しい。

あと格段に増えるのは忘年会、新年会での深酒による頭部外傷。
飲酒にまつわる交通事故、自損事故。
階段からの転落による重症頭部外傷は笑い事ではない。
くれぐれも階段のない飲み屋で飲んで欲しい。
旅館でのどんちゃん騒ぎの際、階段には近づかないようにお願いしたい。

とにかく、取り返しが付かなくなる前に、
防げる物なら防ぎたいと切に思う次第である。
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by decoppati | 2005-12-20 01:53 | 脳外科の仕事

専門医試験

脳外科としての経験を6年積んだと認められると
日本脳外科学会認定の専門医試験を受ける資格が得られる。
いまとなっては、
さらに細分化した分野での試験が林立しはじめたので
この専門医試験の存在意義がどうなるのか不透明ではあるが、
受験者中、合格率6割程度のいじわるな試験として
他の科にまで勇名を馳せている。
(最近は合格率もっとあがってる)

大学や医局によっていろいろ差はあるようだが、
うちの医局の場合は5年目になると必ず大学に戻され、
約1年間なんやかんやかわいがられることになってる。
これまで落第する者がほぼ0で、
一発合格が当たり前の医局でのプレッシャーは非常に大きい。
はっきりいって、カンファレンスでねちねち聞かれることは
諸説紛々あるものが多く、オタッキーすぎて試験にはでない。
まあ、通過儀式みたいなもんである。
試験前の約2ヶ月は通常のベッド持ち(入院患者の担当)を免除され、
外来、当直、医局行事のみがdutyのいわゆる「bed free」となる。

一緒に受ける同級生たちと、朝から晩まで、休みの日も、
大学の研究室に閉じこもって勉強に明け暮れるもの、のようであった。
情報や勉強の進行度を知るため、日頃たいして仲がよくなくても
むりやり同級生と一緒にいて、腹をさぐりあうもの、にみえた。
受験生のときには楽しい行事や飲み会にも
極力顔をださないもののようだった。
いろいろな疾患をまとめた「ノート」なるものを作るのは当たり前、
しかもそれを厚くすればするほど勉強した証となる、みたいだった。

私は大学受験、大学在学中、医師国家試験のときも、
ずっと試験勉強といえば、
自分の好きなように気の向いたままやってきた。
久しぶりの本格的試験である専門医試験を前にして、
初めて人からいろいろ押し付けがましく
「こういうものだ」といわれ、
実際、型にはめようとされるのは本当に不愉快だった。

どちらにせよ、
したいときに好きな勉強をして、好きなだけ遊んで、
要領よく過ごしても肝をはずさなきゃ受かるのだから、
嫌なことを我慢する必要はない。
結局、自分の居心地のいいところで勉強し、
オペラやコンサート、ドライブ、会食などにも出かけて
楽しくbed freeを過ごした。折角の自由時間なのだから。
試験には合格した。
わたしは超禁欲的になって目的を達することはできない。
やはり楽しみがないと。
尻に火がつかないと。

それはそうと、それから時が過ぎ、
受験生の気質も変化しており、
段々、思い違いしてる輩が目立ってきた。
やれ、試験前の1ヶ月は当直も免除して欲しいだ、
最低限の日中の仕事もしたくないだ、
うだうだと文句が多い。
大体、文句言ってる時間自体が長いんだよね。
文句言ってる暇に体動かしたほうが早いって。

専門医試験は自分のために受けるのであって、
本来は医局のメンツのためではないし、
先輩のためでもない。
自分が試験を受けるせいで、仕事量を若干軽減するべく
他の医師たちが気を使ってくれることに感謝することはあっても、
「こうしてくれなきゃ、落ちますよ。落ちたら医局が恥ずかしいでしょ?」と
さらに楽な待遇を要求し、脅すのは筋違いとしかいいようがない。
過酷な状況でも勉強しようと思えばできるし、
できなきゃ、自分の能力の無さを恥じたほうがいい。
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by decoppati | 2005-10-28 23:46 | 脳外科の仕事