カテゴリ:脳外科の仕事( 65 )

夏休み

この仕事をしていて、つくづく思うのは
休みがどうしてこんなに少ないのかということ。
そして、それなのになぜ自分は仕事を続けているのか、ということ。

御存知の通り、週末や祝日が休みになるとは限らない。
平日の夜もそのまま休みとは限らない。
オンコールや当直といったdutyはずーっとついて廻る。
最盛期は一ヶ月に正規の当直数が20日を越えていた。
当直が月15日以下になったのは
医者になって10年超えてからだ。
重患や急患のために突然泊まりになることもある。

大型連休や、盆暮れ正月がまるまる休みになるなんてまずない。
どんなに休みに働いても、代休という制度は全く無い。
休みは無くなるばかりなのである。
ちなみに当直費なんてたかが知れてる。
勤務医の収入なんて、
商社マンや銀行員とどっこいどっこいか、負けてるぐらいだ。

公立の病院に派遣されているときでも、
もちろん公務員は有給を使っていいことになっているのに、
医局のほうの慣例と人手不足のために全く休みがとれない。
閑散期に海外旅行を楽しむ看護婦さんたちを
うらやましく見つめている。

レジデントのときは夏休みは3日だった。
「よくやってるから」といって一日多くしてくれて3日とれた。
夏休みの予定は上の先輩からとっていくから、
レジデントは突然、「明日から休めば?」とかっていうかんじだった。
旅行を予定することなんてできなかったが、
貴重な休みだから、しゃかりきになって急遽体裁をつくろったものだ。
結局、こういうときはいつも空いている四国が
土壇場の旅行の恰好のターゲットとなった。
無理やり遠出。無理やり夏休み。
行くからには何も考えず楽しめるのが一番いい。

レジデントからあがるとやっと1週間の休みがもらえるようになった。
最初は、やはりいつとれるかは先輩次第で、彼らが決めないと決まらず、
結局、急遽の休みとなり、予定の旅行なんてできない時期が続いた。

専門医になるあたりから
やっと自分の都合で夏休みが取れるようになった。
相変わらず1週間、一回だけ。
年間で連続の休みはこれ一回。
大学に居る連中は、実は2週間とっているが、
面白いことに他のことはばしばし愚痴るくせに、
こと、夏休みのこととなると黙っている。
うーん、うらやましい。
行きたいところもやりたいことも沢山あるし、
それをするだけのお金もあるが、
いかんせん一番大事な時間だけがない!
休みがもらえるのなら、どんな厳しい勤務も耐えられるよなあ。
休み無くてもやってけるんだから。

それにしても快楽主義的な私が、休みもないのに
どうしてこの仕事を続けているのか自分でも不思議。
全然そういう素養ないと思うが、もしやマゾだったりして。。。
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by decoppati | 2005-08-20 19:41 | 脳外科の仕事

細分化される専門性

大昔、まだ診療技量に大きなウエイトが置かれていて、
医者が少なかった時代には、(軍医はまた別。)
地域に起こる病気、怪我、お産などなんでもかんでも
一人の医者が対応していたと聞く。
なんでもこなし、経験が豊富だった昔の医者。

近年では診療科に分化され、
その中でさらに専門が細分化される傾向となった。
大昔と大違いで、
診療受ける側施す側との間には、
社会的にも知的にも別段差異などない。
今は、よかれと思ってなまじっか専門以外のことに手をだしても、
結果が悪いとなれば確実に訴えられる平成の世である。

欧米の施設の話を聞くと、
珍しい疾患でも取り扱う症例数が飛びぬけて多いことに気付く。
多くは施設によって専門を大きく打ち出しており、
極端に言うと、国中で起こるその疾患の患者を
ヘリコプターをはじめ、ありとあらゆる交通手段を駆使して搬送して
その施設に集中させるのである。
そのため他の施設にその疾患が分散することなく、
珍しい疾患であっても取り扱い数が飛躍的に増える。
取り扱い数が多ければ、
診察や検査、治療も自ずと洗練されたものになる。
データが多く集まるためこれを経験として、
さらに効率がいい治療を行うことができるようになる。
その代わりそこに行くには時間や手間がかかるわけだ。
また反面、得意でない他の疾患はよそに送ってしまう。
ひとつのことしかできないが、
ひとつだけはものすごくうまくこなせる医者。
すなわち「職人」である。

日本国内の大学病院や大きな施設では
その診療科の中でいろいろな専門をもつ医者を有しており
たいがいのことはなんでも診る。
珍しい疾患がきてもその分野の医師が一生懸命治療することとなる。
だから珍しい疾患は分散し、豊富に経験する機会はない。。
欧米のようなシステムがなく、
せめて県内や周辺自治体領域から集めるのが関の山である。
一つの分野に特化したいが、
患者が分散するため十分な経験を得られず、もがく医者。

これから時代は専門の細分化に向かう。
昔の医者のイメージからはますます遠く離れて、
ただ職人となることを要求される。

いまでも医者ならなんでも診てくれると信じる、
ナイーブな患者や家族もいる。
こういう人たちも気が付いてくれるだろうか、
この時代の波に。
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by decoppati | 2005-06-25 23:16 | 脳外科の仕事

セレブリティ (celebrities)

もちろん広く名前が知られている人々も病気になるわけで、
病院には著名人、名士、芸能人などもやってくる。
守秘義務は普通の人も、こういった人も同じように守られるべきもので、
通常、関与する医療関係者は
診察内容や受診したことさえも他人には話さない。
ただし、一部で有名人の診察内容や受診した事実をネタとして
安易にマスコミにリークすることがあるのは残念としかいいようがない。

逆に患者側から、
マスコミに対して医師のほうから説明して欲しいと頼んでくることもある。
医師に記者会見をして欲しいという人もいる。
圧力をかけてきて、嘘の話をしろと強要する人もいる。
(そんなこと絶対に言うこと聞く気ないけど。)
公式には仕事の関係で、よく会社への診断書に書くような内容、
病名、治療にかかる期間などはさしあたって提供が必要な情報であろう。
しかし、それに加えて、ことこまかな症状や診察内容、詳細な状況などは
特に個人的なことであって
詳細を本人とあまり関係ない一般に話す必要がわからない。
また、直接関係のない人がそれを聞いてどうしたいのかも不明である。
ただの好奇心を満たすだけのことで、治療の助けにもならない。
下衆な興味である。

それはそうと、
小説家、音楽家、政財界の有名人、建築家などの名士や
芸能人でも超有名人であれば、
医師も、その人の顔を見たり、名前を見れば気が付くものである。
仕事である限りはそれがどんなに個人的に話してみたい人であっても
グッとと堪えて、
極力ミーハーな態度を抑えて、普段どおりに接するわけである。
その結果、向こうも、
こっちがもしかして彼や彼女を知らないのかも、となると
非常にリラックスされて、
本当に困ったことを打ち明けたり相談しやすくなる。
時に、それに耐えられなくなって、
こっちが「あー、あの」とか言ってあげるまで
自分が有名人であることを説明しまくる人がいるのはご愛嬌。
(芸能人や政治評論家など。)

昔からあんまり芸能人に詳しくない私は、
一過性のブームの人や
ちょっとやそっとの人は本当にわからない。
看護婦がすごく騒いでいたとしても、
顔を見ても名前を聞いても全然わからない。
かえってこういう人が診る方が、診察を受ける側も気楽かもしれない。
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by decoppati | 2005-05-01 15:28 | 脳外科の仕事

外国人患者

徐々に外国人の患者さんが増えている。
以前は居住者であっても日本語が全くしゃべれない人が多かった。
救急の要素のある科では、
そのほかに外国人観光客や短期滞在者を診る機会が多い。

この頃は、居住者の場合、
片言の日本語を話すあるいは話そうとする人が明らかに増えている。
それでもアメリカ軍人だけは例外で、
面白いほど英語でまくし立てて大いばりである。
下の階層になればなるほど、
日本人に対する蔑視があからさまである。
それに対して同じアメリカ人でもビジネスパーソンなどは
ちょっとでも日本語を使おうとする傾向があり、
日本文化を学んでいるとみえ、
すこしは礼儀をわきまえているように思う。
ドラッグがらみで来る不良外人といわれる人々には
西欧人が多いが、つきそいも含めて総じて態度が悪く、
診療がスムーズにすすまないことが多い。
水商売の外国人では患者自体には問題がなくても、
付き添いに質の悪いひとがついてくることもあるので
対応に苦慮することがある。

最近の外国人患者の大多数は、地域性もあるが、
中国人、韓国人である。
以前はイラン人、タイ人、
フィリピン人、パキスタン人も多かった。
やはり不況が長引くに連れて、
その組成は刻々と変わっているように思う。
中国人や韓国人、インド人などは大多数が居住者であり、
日本語ができるか、できる友達がつきそいで来ることも多く、
大抵は診療に協力的であって問題になることは少ない。
雇い主や大家、日本語学校の先生などが付いてくれば
なおさら問題がない。
ただ、お金がないから麻酔なしで最小限の処置をしてくれ、
とか変なリクエストがあったりして、困ることもある。
困るのは、付き添いなしで、
英語も日本語もを解さない外国人(ロシア人や韓国人に多い)で、
こちらが一生懸命検査や病状を説明していても、
一方的になにかされるのじゃないかと
疑心暗鬼になって騒いだりすることもありもう大変である。
不法滞在の外国人の大病のときは、
大使館との連絡で時間がとられることもある。

本当は医療業務用にスペイン語や中国語、韓国語、タイ語などの
電話翻訳サービスをしている番号があるので、
これを活用すればいいのだが、
たしかこれは24時間サービスではなく日中のみだったと思う。
しかし、我が科の場合、酔った挙げ句の頭部外傷が多い関係で
困るのは主に夜間や明け方なわけであまり実用的でない。

これから日本にはもっと外国人が流入してくることになるだろうし、
大都市がこれから国際都市として認知されるためには
医療も一緒に論じられるようになると思う。
しかし、現場ではまだまだ混乱も多いし、
なにより治療費の未納が多い。
未納になることがわかっていても断らずに
なかばボランティア的に治療をしている現場にもっと目を向けて、
行政に対策を練って欲しいものである。
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by decoppati | 2005-04-27 00:00 | 脳外科の仕事

睡眠

なんの仕事でも徹夜や睡眠不足はありきたりだろう。
この仕事でもそう。
われわれの仕事で切り離せない当直業務は
普通の朝からの仕事に連続して病院に泊まり、
一晩中仕事をし、翌日もそのまま普通に日中の仕事をする。
連続することも多いので、自ずと慢性的に睡眠不足になり、
体がそれなりに慣れてしまう。

普段遊ぶ時間が少ないので、
自由になる日は寝るより、
寸暇を惜しんで楽しみを追求してしまってやはり寝ない。
なまじ寝ダメに挑戦しても、体が変に訓練されてしまっているようで
長くても6時間ぴったりまでで目覚めてしまうようになって、できない。
また、いつも仕事でコールや電話ですぐ反応するのが鉄則なので、
ちょっとした物音でもパッと目が醒める。
一旦目が醒めてしまうと、「寝てる場合じゃない」と我に帰って
何かしら、いつもやりたくてもできないことをいっぱい詰め込んでしまう。
結果、もう何年も慢性寝不足が続いてる羽目になってる。

こういう生活で本当によかったなあ、と思うのは、
海外に行ったとき。(年に多くても2回ぐらいだけど)
いつもがめちゃくちゃで寝ない生活なのが幸いして
全く時差ぼけがない。
どこに行っても、行った直後から元気に動き回れるし、
夜遅くまで遊んで、朝からすっきり起きれる。
帰ってきても翌日からすっきり起きてすぐ働ける。
これだけは本当に嬉しい。
せっかく行って時差ぼけで時間を無駄にするのはもったいない。

それにしてもいつか
せめて空いてる日には
ゆっくり8時間ぐらいは寝れる体に戻るといいなあ。
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by decoppati | 2005-04-24 00:52 | 脳外科の仕事

友達との約束

何の職種でも有ることだと思うが、
この仕事、とにかくオフのときも気が抜けない。
下っ端の時は病院にいるのがぶっ続け20日間にわたったのち、
やっとオフになったと思っても、また病院から呼び出される。
レジデントのうちはなんでも勉強になるので
それでも自分は別にそんなもんだと思っているわけだが、
プライベートでの周りの人間にはそれはそれは迷惑をかけ通しであった。
中堅となり指導する立場になると、
今度は当直している下級生に呼び出されるが、多少融通が利く。

それこそ最初の頃は忙しいのも覚悟していたし、
本当に自由になる時間がないわけで、
友人との連絡は絶たざるを得なかったし、
映画を観たり、音楽を聴きに行くなどの趣味は封印しようと決め、
覗いたら何をやってるかわかって行きたくなってしまうので
「ぴあ」を買わないように、近寄らないようにしていたものだ。
しかしそんな生活も段々慣れてくると、
少しの間隙をぬってちょっとでもプライベートを満喫したくなってくる。
そういうわけで、一方的に破棄する結果となったとしても許してくれる、
理解のある友人達に甘えていろいろわがままな企画をするようになる。

専門医前の若い時は、人と会う約束したときに限って
それこそ笑っちゃうほどよく病院からコールがあり、
待ち合わせ場所で会った瞬間、「ごめん!」ってことや、
ご飯食べてる最中に呼ばれてそそくさと謝って
脱兎の如く去っていく羽目になるなど、
残された友人には本当に迷惑なことをしていた。
その頃、女子高生なんかが携帯やポケベルが鳴ると
すごく嬉しそうにしているのを後目に
とにかく携帯やポケベルが鳴るってことは
本当に不吉で嫌なことなのだった。

その結果、旅行がつぶれたこともあったし、
コンサートに代理を立てたこともある。
人がうちに泊まりにきてるのに置いたまま出掛けていって
そのまま帰れなかったこともままある。
家でやるホームパーティで他人に仕切りを任せたこともある。

それにしても、酷いことしてきたよなあ。
反対の立場だったら、
そんなことになる可能性があるんだったら
周りを巻き込まずにおとなしく暮らしてろ、と言いたくなるかも。
でも折角のつかの間のオフにそれを恐れて何もしないで、
結局何もなかったときの後悔は耐え難い。わがままだけど。
プライベートライフの充実なしに
ハードな仕事で自分の寿命削ってるだけなんて、
なんのために生きているのかわからなくなっちゃう。
この仕事してると、
あっけなく事故で死んでしまう若い人を見る事が多い。
明日は我が身かも知れない。生き急ぎたくもなる。

とにかくわがままを笑って許してくれる周囲の人たちに感謝。
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by decoppati | 2005-04-17 02:18 | 脳外科の仕事

身内が患者になったら。

医師の身内が病気になって他の医師にお世話になるときは
餅屋は餅屋ということでプロに任せるように心がけたい。
必要なことを尋ねたり、説明を求めるのに躊躇することはないが、
「目を明かせてやる」的な挑発や過剰な口出しは止めた方がいい。
とかく誰でも家族のこととなると近視眼的になり、
いつものような客観的な判断ができなくなるものである。
その結果、必要な検査や処置をするタイミングが狂ってしまって、
むしろ長期的に見ると悪い結果を招くことがある。
早く気管切開をしたほうがいいのに、可哀想だからしたくない、と
変に引き延ばしてしまって、肺炎が悪化するといった類のことだ。
外科の世界では、
家族の手術の時にはその張本人をはずす、とよく言う。
簡単にパニックに陥ってしまって
いつものような冷静な判断ができなくなって危ないからである。

ときどき判断に困った患者さんの家族から
「先生の家族だったらどうしますか?」と聞かれることがある。
私がいつも答えるのは、
「家族によって環境も関係も考え方もそれぞれ違いますから
 私の個人的な考えを他人に適応することはできません。
 たとえば、私が家族と関係が悪い人間で、
 冷たい考えを持っていたらどうしますか。
 治療法の種類とその利点、欠点といった情報は全てお話しますから
 よく相談して決めていきましょう。」
ということである。
家族のように親身に考えて欲しいという意味で
いわれているのはよくわかるが、
医師が本当に家族のように考えてしまうと、
上記のように近視眼的になって
ちゃんとした診療がなりたたなくなってしまう場面もあるわけで
あながちよいこととは思えない。
病院で働く限りは、個人的な考えを排して、
自動的に「病気が治る方向に、命が助かる方向に」何ができるかを
考え続けて動き続けていくことが必要だとおもう。
この際、家族のほうからストップして欲しいことがあったら、
言えるように配慮して、何回でも説明をし、よく相談をして
法に則って希望に適う形にする柔軟性があればよいのではないだろうか。
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by decoppati | 2005-04-13 23:27 | 脳外科の仕事

VIP考

病院でいうVIPというのは、
院長や教授などお偉いさんのお知り合い、政財界の大物、
やくざのトップなど何かの業界の上層の人物、
がらりとかわって院内関係者の友人や近い家族などのことである。
その中でも最もVIP度の高いのは、一部上場会社の社長や会長、
国会議員や大臣などであろうか。
私立の病院ではこういう人のために
ものすごい差額ベッドというのがフンダンに用意されている。
一泊の部屋代だけで個室の差額4万円以上は当たり前で
一番すごいのでは一泊15万円にもなるのである。
それだけのサービスをお金で買うという点、はっきりしている。
立場がVIPであってもお金が払いきれなければ普通の扱いである。
これだけのお金を何ヶ月の入院期間払う人間は
羽振りがよくて体面を重視するひとに限られることとなる。

守秘義務は貴賎なくどなたにも適応されるわけであるが、
こういうVIPのなかでも最上のクラスになると、
とりわけ厳しくプライバシーが守られることとなる。
特別仕様の個室に入り、出入りは医師でも上の人間のみ、
看護婦も上の人間のみ、平の医師では病状はわからない。
その病棟には特別の鍵がついていることもある。
昔など場合によって病院ネーム(仮名)を持っている人もいて
カルテから写真から点滴に至るまでその病院ネームが書いてあり、
ちょっと誰かが潜入しても入院していることさえばれない仕組みもあった。

VIPにまつわる昔の話で、笑うに笑えないこともあった。
VIPには検査も教授、麻酔科も教授、手術も教授がつくものだし、
実際患者さん側はそれをありがたがっていた。
ただ教授というのは大体50歳すぎで、
もちろん気力、知識は十分だが、
実際手を動かす能力というのは盛りを過ぎていることがあったり、
あまり手術などをしなくなっている人もいて、
(もちろん老いてますますという鉄人も多いが)
往々にして、教授でない講師や助教授のほうが
その手術や検査がものすごくうまいときもある。
VIPでない普通の患者さんのほうが、
そういう今が盛りのうまい医師の治療を受けることができて、
VIPがそうでもない医師の治療をうける逆転現象が起きることがあって、
なんだかなあ、という感じであった。

また、大学のお偉いさんの知り合いということで
本人の意図しないところでVIP扱いになってしまって
結構普通の人なのに特別個室を用意されて
お金が払いきれず
ありがた迷惑という人もときにいる。

私立の病院ではお金に見合ってサービスが買えるわけで
最上級の部屋にはいれば誰でもVIP待遇が受けられる。
これに対して、公立の病院などで
その自治体の議員や事務のトップ、あるいはどこかの社長が
変に威張り散らしていたり、特別待遇を求めたりすることがあり、
これには解せないものがある。
公立の病院では私立のようなサービスは望むべくもないことが多い。
だいたい高級な設定がそもそも存在しない。
上限が知れているところで他の人となにも金銭的な差額なしで
特別なサービスを受けようという歪んだ欲望は理解しがたい。
議員だろうがその自治体のトップだろうが、公立である限りは
病院は彼らの持ち物ではない。
特別扱いを受けたければ、
特別サービスを設定している病院に行って、
それなりに金銭を払うことだ。
そこで大いに威張って、わがまま放題にしたらいい。
そういう分別や財力のない人ほど、安い病院で威張りたがるのだ。
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by decoppati | 2005-04-04 01:01 | 脳外科の仕事

ひよっこレジデントが知らないといいカモにされること

外科系は 学生の体育会系と似た雰囲気をもっているが、ちょっと違う。
学生からレジデントになった当初、
体育会系だと信じていると面食らう場面もあるだろう。

1.  先輩に「めし食ってくれば」といわれたら、
   何をおいてもその時に食っておくこと。
   変に義理立てして、
   先輩がなにかやっていると待っている子が多いが、
   そんなことしてると食いはぐれる。
   次に食べられるのはいつかわからないこともある。
   先輩はうまく時間を作ることができるのだ。
   いざというとき食べるのも早い。
   空腹と慣れない疲れで消耗が早いのは新人である。
   食べるのも遅い。
   せめて食べろと言われたタイミングで食べておくのが
   先輩思いというものだ。

2.  学生の時と違って、かわいがられ方に強制力はない。
   先輩から答えたくない私的な質問を受けても、
   別に答えなくて構わない。
   答えないことで殴られたり、いびられる事などない。
   変な質問に学生の部活みたいに馬鹿正直に答えていると、
   かえって面白がられていつまでもいい話のサカナにされる。
   GFや奥さんがかわいそうになることがある。
   大事な人のプライベートなことは
   絶対口を割らないに越したことがない。

3.  誰か先輩が親切そうになにか教えてくれても、
   それが正しいこととは限らない。
   カンファレンスや教授回診で、
   教えてくれたその人にあっけなく裏切られて、
   絨毯爆撃にあうこともある。
   教えた本人はけろっと忘れていたりする。
   その場で憤慨しても、全く聞く耳など持ってもらえない。
   「簡単に人を信じたお前がいけないんだよ」と
   周り笑われるのがオチである。
   人が言ったことの裏は必ずとっておいたほうがよい。

4.  治療や処置は正解がひとつだけではなく、
   沢山の方法があり、
   手順の細かいところが教える人によって異なる。
   小さなことにとらわれるより、
   各々の利点と欠点を考えてみたほうがいい。
   「最初にこう習ったからこれしかやらない」というスタンスより、
   教えてもらいながらいろいろ実際に経験してよく熟知したうえで
   考えながらいいところどりをしていくと、
   自分のやり方が練れてくる。
   自分の考え方とあったものを段々に選択していけばよいので、
   あまり、「ひよこの刷り込み」をかたくなに妄信しないほうがいい。
   マイナーなやり方に固執してる変なレジデントは放っておかれる。
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by decoppati | 2005-03-29 01:18 | 脳外科の仕事

「医者仲間に診察されるのをためらう病気ってありますか?」

先日こまったちゃんさんからコメント欄にいただいた質問。
「ちなみにお医者仲間に診察されるのをためらう病気ってありますか?」

今は健康なこともあって何も浮かばなかった。
すこし想像力を働かせて考えても、やっぱり特にないように思う。
よもや生殖器系の病気でも皮膚病でもSTDであっても、
向こうがプロである限りは患者として全面的に信頼して
言うとおりに従うことになんの異存もない。

学生の時に同級生達をみて頼もしく感じたことを思い出した。
最初はティーンエイジャー、6年生でも24,5歳の若者群であったから、
飲み会や普段の生活ではハチャメチャなこともしていたし、
下品な話や個人的なあけすけな話が盛んではあった。
しかし、どんなに放課後にそんな話をしていようと、
ひとたび勉強の場になると、なにか性的なことでふざけたり、
病気のことを揶揄するような気風は全くなかった。
患者の容姿のことをネタにするようなこともなかった。
守秘義務についてもみんな自主的に厳しく律していた。
婦人科の実習の時にも性的なことを絡める私語は皆無だったし、
ただ勉強の科目として真面目に取り組んでいたのだった。
そういうとき、みんな若いなりにもプロになるつもりで
ちゃんと覚悟していることを改めて感じて嬉しかった。
そういう同級生達の変に生真面目な部分が好きだった。

だからそれぞれがいろいろな分野で技術を磨いている今、
なにかの病気になったら、信用できる医者であれば、
それが例え昔から馬鹿話してた男友達であっても
なんのためらいもなくお願いするつもりである。
病気のことでは絶対にふざけることができない人、
そしてできるかぎりのことを考えてくれる誠実さと
もちろん優れた診療能力を持ち合わせている人である限りは。
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by decoppati | 2005-03-26 03:16 | 脳外科の仕事