カテゴリ:脳外科の仕事( 65 )

「ありときりぎりす」

童話にもなってるぐらいだから
どんな場所にもいる「ありときりぎりす」(「うさぎとかめ」も?)。
違いは要領がいいかどうか、だと思われる。
童話ではきりぎりすやうさぎにならないようにね、
というのがオチだった。
幼いときから、なんでそれが悪いのか理解できなかった。

仕事の場でもタイプというのがある。
仕事をのんびりちまちまやるので時間がかかり、
ずーっとなにかしらやっている羽目になって
休みがとれないと愚痴る人もいる。
普通の時間に仕事が終わらず、
きっちり残業代をとっていつも遅くまで残ってやってたりもする。
意外と昼間にカルテ書きながらぐたぐた看護婦達としゃべってたり、
手術や処置をのんびりしてたりするから遅かったりするのだが、
遅くまで残ってやってる姿が印象に残り、
勤勉にみえるのはこっちだ。

同じ仕事量でも手を抜かずとも、
要領よくきびきびこなすと、結構、時間を短縮することができる。
短縮した時間の余りでソファに座って本を読んだり、
飲み物を飲んだり、一服することができる。
従って、休んでいる余裕の姿が目に付くこととなり、
だらけてさぼっているようにさえ思われがちである。
手術や処置が手早く、患者さんの診察もしっかりやり、
カルテもさっさと全て書いてあるのにもかかわらず
休める時間をうまく作ってしまうせいで
ぐうたらな印象を与えるわけである。
調べられるとこれらの仕事がすべて終わっていることが判明するが、
休んでいる時間があるならもっと仕事を与えてやろう、ということになる。
こういうタイプは仕事が増えれば増えるほど、
システマティックに要領をつかんで、やっぱり沢山こなせるようになる。
結局、息抜きの時間もどうにか作ってしまう。
だから、どこまでいっても不真面目な印象がぬぐえない。
きりぎりすというわけだ。
特に実直な勤勉なタイプは
こういう馬鹿に要領のいいタイプがお嫌いのことが多く、
相当の嫌がらせなども発生する。

どちらがいいも悪いもないと思うし、
タイプというのはなろうと思ってなれるものでもない。
世の中には要領の悪い人、いい人がいて、
これは簡単に替われるものではない。
ものすごい集中力を発揮できる人とそうでない人もいる。

要するに、与えられた仕事がきちんとこなせさえすればいいことで、
各々時間の長短はあっても、一生懸命やるにこしたことはない。
そのアプローチを大人になってまでとやかくいうことはない。
休みたければ根詰めて仕事して、時間を自分で作り出して休めばいいし、
休みがなくてもだらだらやるのが好きならそれでよい。
画一的な価値観を大人の集団に求めるのは無意味だと思う。
(もちろん仕事を荒くするのは論外。)
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by decoppati | 2005-03-22 21:13 | 脳外科の仕事

忙しいときのお恵み

前タイトルのコメント欄で以前エンシュアをもらって飲んでたと書いたが、
実際、昨日も日直当直ですごく忙しくなってしまって、
気が付いたら午前中にトイレに行きたかったのに夕方になっており、
午後6時過ぎても昼ご飯とれず(って、もう夕食の時間かも)
淡々と仕事をしていたら、ありがたいお恵みが。
(ベテラン看護婦さんからカレー、他の看護婦から飴)
その後、夕食とれずに休めずにほかの部署で仕事してたら、
そこでまたお恵み。(中堅看護婦さんからエクレア)
五臓六腑に染み渡るとはこのこと。
本当にありがたい。

脳外科の場合、関与する病棟が複数にわたるのが常で、
最重症が入る重点病棟、
すこしよくなった人や中等症がはいる後方病棟、
さらに脳神経外科の病棟、
患者が増えると混合病棟や、ほかの病棟への間借りもある。
部署としては救急外来、
手術室、放射線関係の部屋にいる時間が長い。
それらの間をいったりきたりして用事をこなしていくわけで
忙しいのかそうでないのかは各々のスタッフからはわかりづらい。
これだけ恵んでくれるということは、
よっぽどひもじそうなかわいそうな様子だったのかもしれない。
日直や当直中は緊急コール対応があるので外出はできないし、
食事の確保は容易でない。
忙しくなると出前も頼めず、金払う暇もなくなるから手に負えない。
おまけに診療に関係するところでは飲食できない規則であるが、
病棟から離れられなかったりするわけで。
気が付くと普通の店の出前の時間は終わってる。

こちらがなにも愚痴ってないのに、
阿吽の呼吸というべきか、
疲労や空腹を察知してくれる
優秀でやさしい看護婦さんたちに感謝感謝。
こういう人たちは患者に対しても観察鋭いです、蛇足ながら。
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by decoppati | 2005-03-20 08:40 | 脳外科の仕事

尊敬に値する一徹さ

一旦仕事を離れると、女癖の悪さややモラルのなさ、
へんてこなことで困ったところも多々ある人たちではあるけれど、
ひとたび仕事となると話は別。

毎日長い手術があったり、夜中の手術が続いたり、
朝早くからカンファレンスがあったり、
きちんと学生やレジデントに教えたり、
重患の管理ですごく手間がかかったり、
家族に丁寧に説明したり、
寝る間もなく、食事の間もなく、体調が優れなくて、
ものすごく疲れてて、
当直じゃない夕方に、
やっとうちに帰って寝れるぞーという瞬間に
救急ですごい重患が運ばれてきたとき。

大変な仕事が続いていたが、
今日はとっても楽しみにしていたことがあって
なにもなければ早く帰って出掛けられることになっていたのに、
突然、すごい重患が運ばれてきたとき。

手術したら治るのならともかく、
手術してもだめかもしれないというときにも、
家族の希望があれば、疲れをおくびにもださず、
用事があることをことさらいうこともなく、
気力を新たにして、
できるだけの技術を駆使して手術に向かう。
それが終わってすぐにまたすごい症例がきたとしても、
手術の適応がある限り、やるべきことはやる。
そういう合間に研究も論文もこなす人もいる。
もちろん、どんなに特別なことや、楽しみにしていたことも
キャンセルせざるを得ない。

仕事以外のすべてで尊敬できない人だとしても、
仕事に対するこういう真摯な態度を
常に崩さない事には特段の尊敬の念を抱く。
運ばれてくる症例を前にすると
医者側の都合などはいかにもちっぽけなものになる。
疲れや手前の都合で手術適応がぶれる人もときにいるが、
周りは振り回されるし、患者に誠意があるとは言い難い。

常にぶれない診療態度を貫くことには
私的生活を大きく犠牲にすることが付いて廻る。
なにより自由時間はお金に換えがたいほど貴重である。
少ない自由時間に気違いじみてみえるほど
沢山の用事を圧縮して堪能するようになるのはしょうがない。

そういうたいした人たちが
実際の医療の現場を支えていることを大いに誇りに思う。
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by decoppati | 2005-03-18 00:30 | 脳外科の仕事

体の調子が悪いとき

外科系の科はグループ制になっていることが多く、
医者が何人かの単位でグループを形成しており、
各々の受け持ち患者をみんなで把握しておくシステムをとる。
入院患者には担当医が決まっているが、その受け持ちが
長い手術や休み、緊急事態のためにすぐに駆けつけられないときに
お互いカバーできるようになっている。治療は間断なく続けられる。
それでも患者さんの担当医に対する依存は高く、
居ないと知ると不安になる人や家族がいる。

体調が悪いからいって仕事を休むという風習はない。
他の職種でも同様のところもあるだろう。
ただ、他の職種の人からよく「電話して休んじゃえばー」と
気楽に言われるので、かえってびっくりする。
風邪をひいて高熱がでて、だるくてふらふらしても
足を骨折して馬鹿みたいに腫れていても、
交通事故で全身打撲しても、
歯周炎で激痛に見舞われていても、
入院してしまうなど物理的に行かれないというわけでない限り、
勤務には普通に行くし、仕事はこなさざるを得ない。
当直などはとっさに誰かに代わってもらうことが難しい。
重患や外来も代わってこなしてもらうのは大変である。
感染症なんかだったら、
勤務に行って誰かにうつすほうが心配だともよく思うが。

だからなにごとにも予防が大事。
喉の調子がちょっと悪くなってたら、すぐフィニッシュコーワ。
それでだめなら早めの感冒薬、しかも二倍服用。
(お勧めしているわけじゃありません、
 こんな気違いじみたこと。念のため。)
どうせ眠くなっても、寝られない。
これで調子が悪くなるようなら、気力で頑張る。
なまじ高熱だとわかっても、
気が弱くなるばっかりで、仕事を休める訳じゃない。
だからどんなに体が熱くても、絶対に体温は測らないことにしている。
あと、事故には極力遭わないように気を付ける。(って当たり前だけど)
とにかく痛くなったら強烈に効く薬、湿布、下肢の腫れには挙上、など
短期で災いを終わらせるためになんでもする。あとは気力。

人が豊富で余裕があれば、
もっと簡単に肩代わりしてもらうことができる。
施設によってマンパワーも忙しさも
任されている仕事の大きさも異なるだろうが
まあ、どこでも同じ様な感じではないだろうか。
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by decoppati | 2005-03-12 15:18 | 脳外科の仕事

当直中の衛生面

この仕事、とにかく当直が多い。
当直でなくても病院に寝泊りする羽目になることもよくある。
専門医前の研修期間中には4連直から20連直まで
とにかく病院のなかで過ごす時間が多かった。
そういう当直中にささやかに問題になるのが衛生の面である。
もちろん男性陣のなかにもきれい好きな人や潔癖な人もいるようだが、
まあ、おおむねおおらかというか、だらしないというか、
案外平気にしていることが多い。

当直業務中の医師はその昼間も普通に働いていたわけで、
夜に呼ばれない限りは横になっていてもよい。
 (寝れるとき寝ないとやっていかれない。
  朝帰れるわけでなく、翌日も朝から晩まで働くわけだから。)
それでもいろいろなことで突然呼ばれるので
おちおちトイレにもゆっくり入っていられない。
そういうわけで、お風呂にはいるタイミングが非常に難しい。
わたしはよっぽどのことがない限り、
暇になったのがたとえ明け方だったとしても
どうしてもお風呂(or シャワー)には入りたい派である。
シャワー浴びてるとコールが鳴って、裸のまま対応して
慌てて服着て飛び出していくことになるが、
それでも浴びないでいることは避けたい。
昔、シャワー室に電話がない病院では
バスタオル巻いて電話のあるとこまで走っていたこともある。
こんなとき、他の人に言っても、
「風呂入らないから不便かどうか知らない」とにべもない。
バスタオル巻いた医者が廊下を裸で走っているなんて、
患者の迷惑だからとかこじつけて、
事務に言って、電話を取り付けてもらった。

病院によって恐ろしいことに、医者用の浴室がないところもある。
またあっても、夜になると給湯がストップするところもある。
冬に行水する羽目になったりするわけである。
こういうことを同僚や同じ科の人々に「困るよねー」と同意を求めても、
「なにが?」という顔をされることが多い。
実際、当直のとき風呂(or シャワー)に入らないという人が実に多い。
3連直ともなると、
お願いだからシャワーを浴びてくれという臭いを発散する人がでる。
もちろん、面と向かってお願いすることになる。
手術のとき手洗う前に、よーく体洗ってこいってかんじ。

当直室というのがまた曲者で、これがたいてい日のあたらない
屋根裏部屋チックなところにあることが多い。
湿気がすごかったり、ほこりがすごかったり、まあ、汚いことが多いわけで
そこに居る時間など2-3時間であるのに、
朝になると体中が痒くなることがある。
こういうとき、他の人に「あそこで寝ると痒くならない?」と聞いても、
意外と賛同してもらえない。
勝手に自腹でバルサンを買ってきて、
夕方のうちに焚いたりして解決しているが、
ちゃっかり後になって他の人が「最近は調子がいい」とか言ってたりする。

当直着といわれるオペ着の使い古しも
通常はクリーニング済みのものが用意されているわけだが、
田舎の病院などであきらかに誰かが着たやつを出されることもあり、
注意が必要である。シーツや枕カバーも同様。
ぼけぼけしていると気持ち悪いことになる。

そういうのを変えなくても平気だという人が多すぎて、
女の中ではだらしない部類のわたしでさえ、
潔癖症になったかと思うほどである。
でもやっぱり、だれかが顔を付けてたり、汚い頭を付けて、
もしかしたらよだれも付いてるかもしれない枕カバーなんて耐えられない。
どんなに疲れて寝る間が惜しくても、新しいリネンを探し出して、
変えるまでは寝る気にならない。
これって正常な感覚だと思うのだが。
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by decoppati | 2005-03-07 18:29 | 脳外科の仕事

患者さんへの接遇

多くの病院で昨今は患者サービスの向上がことさら叫ばれている。
本質的には非常に良い風潮と思うが、機能評価受審など目先だけをみた
本末転倒としか思えない議論も多く失笑を禁じえないことが多い。

患者さんを全員「OO様」と呼ぶこと。
 呼称というのは一律にすればよいとは思わない。
 いいサービスというのは、
 患者さんの心地よさに配慮するのが目的であって、
 子供に「OO様」ではコントだし、
 カジュアルな人に「OO様」では慇懃に感じられてしまう。
 かと思うと大学病院など、
 「OO様」と呼ばれないと抗議してくる変わった人たちもいる。
 面倒くさいからひとまとめにして
 「OO様」と呼んどきゃ文句ないだろ、ってかんじの、
 こういうやっつけ仕事をサービスとはいわない。
 やはりその場、その人にそぐう適切な呼称を使って、
 要は診療の部分でしっかり用が足りればいいのであって
 何も気色ばまれることはない。
 
なんでもマニュアル化することでの形骸化
 なんでもマニュアルにして、
 それに従うことで常に正しいことをしているような幻想がある。
 医療の現場でのサービスは画一的なものでなく
 やはり、適時適切な判断が必要である。

誰にいわれなくても、気をつけたいこと。
 患者の搬送などのとき、回診のとき、
 温度板やフィルムなどを患者の体の上に
 平気で置く看護婦、医師がいる。
 どんなに手が空いていなくても工夫はできる。
 どんなときでも人の上に物を乗せるべきではない。
 
 患者の搬送の際に顔のすぐ上に点滴をぶら下げたり、
 そのラインが顔や首にかかっているままなのは、
 相当気持ち悪いだろうから、目を配ったほうがよい。
 足元にぶら下げるようにするといいようだ。

 意識がすごく悪い患者、実際はわからないかもしれないが、
 話しかけて悪いことなどない。
 やはり処置するときはちゃんと声をかけてあげたい。

 意識がよくて手足のコントロールが悪く、
 意思表示の方法が限られている患者に不適当な扱いをしないこと。
 時間がかかっても本人とコミュニケーションを図って意思を聞いたり、
 手の位置や足の位置がそこでいいか確認して
 いい位置に動かしてあげるなどの配慮は
 患者のために行うべきだと思う。
 口が利けず文句が言えないのだからなるべく心地よくしてあげたい。

 車椅子の患者の移動で、
 エレベーターに乗るときはバックで乗せたらどうだろうか。
 壁を向いて突っ込まれると
 何階かもわからず同乗者と向かい合わせで不憫である。
 
などなど、ちょっとしたところで、
患者サービスを見せかけだけして
慢心している上層部の思い過ごしに脱力する。
 
とにかく、「OO様」と呼ぶとか呼ばないとかいう議論の前に、
患者さんに対する本質的なサービスについては
まず個人個人のレベルで強い意識と自主性が最も必要だと思う。
そうすれば、自ずから良質のサービスがなされるようになるものと信じる。
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by decoppati | 2005-02-27 23:14 | 脳外科の仕事

救急搬送される心肺停止の症例

Excite ニュース : 遺体安置室で生存判明
救急搬送される心肺停止状態の症例はさまざまである。
例えば、墜落の症例では、(自殺しようとビルから飛び降りるなど)
「墜落するところを見た人からの通報でたった今発生した」場合と
「いつ墜落したかわからないが、
 地面にあらぬ形で横たわっているのを発見された」場合では
患者の状態や蘇生される可能性が大きく異なる。
申し訳ないが、もう死後硬直が始まっているような症例さえ
救急車で搬送されてくることもあり、
そういう人を復活させることは不可能である。

監察医務院を擁する東京都下と
その他の県下ではまたちょっと扱い方が異なる。
都以外では、もし心肺停止状態の人が
病院搬送後に死亡確認された場合、
そのまま警察がやってきて病院内で検視が行われ、
それにずっとつきあう羽目になることが多い。
だから心肺停止で、状況がちょっと怪しい場合、
救急車の中で状態を厳重に調べてみて、
絶対に復活させることが不可能な症例は
死亡確認した上で、そのまま警察に行っていただくこともある。
(頭蓋骨の巨大な裂け目から脳が大きく飛び出していたり、
 脊椎がグニャグニャに折れて、骨が飛び出している、
 頭部がぺっしゃんこにつぶれている、等)
ただし、都下では上記のような症例でも救急室に運び込んで、
処置を求められることが多々ある。
もちろん通常の心肺停止状態では蘇生を施せば
心臓の鼓動を再開することが多いため、
簡単に諦めることはしない。
特に小児では、奇跡のようなことが起きるので絶対に諦めない。
しかし、上に挙げたような極端に変形してしまっている症例では
どう治すというのか、救急隊に問いたい気になることもある。
本当は通報を受けて現場でそんな大きな変形、損傷を確認したら、
実際には即死状態なのであって、
これに限っては警察に直行してもらったほうがよい。
...というほど、律儀に東京の救急隊はどんな例でも
病院に搬送してくるのである。

だから、今回のニュースや長崎の同級生にナイフでやられた女の子が
救急隊の判断で警察に直行したと聞くと、
非常に違和感がある。
蘇生成功する症例を判断するのは容易でない。
よもや心肺再開しても植物状態で生き残る可能性が高いわけだが、
そういう究極の選択肢しか残っていないとしても、
救急隊のみで判断を下すべきことではない。
やはり地方では特殊な事情が隠されているのだろうか?
それとも救急隊の質の問題なのであろうか?
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by decoppati | 2005-02-21 00:08 | 脳外科の仕事

レジデント時代

医局から派遣されて半年単位でいろいろな病院に行く度に
始めの頃はどこでも「脳外科の女医さんは初めて」といわれ、
特に看護婦さんからは「どんなもんだかねえ」と
ちょっと意地悪がかった目で見られたものだった。

それでも結構すぐにうち解けてくれたり、
親切にしてくれるようになった。
ちょっとしたポイントはある。
求められている用事が済みさえすれば
コメディカルからは好意的に思ってもらえる。
別に性別は関係ないが、一度好意的に思われると
同性であることでさらに熱狂的に支持される傾向がある。
また他の要素としては同性として勝負にならない可哀想さであろうか。
(化粧っ気がない、いつも眠そう、院内でお洒落してない、など。
 これに対してICUの看護婦などはデパートの一階とも見まごう
 ゴージャスな厚化粧、匂い、ミニ白衣だったりする。)

看護婦さんが外科系のレジデントに求める資質とは
多分次のような事項でないかと思う。

・困ったとき、急変時、トラブルが起こったときなど、
 すぐに駆けつけて欲しいときに電話でうだうだ聞かずに
 とりあえず現場に急行すること。
・ついてからは即座に状況を把握して、できる限りの処置を始めるか、
 自分だけで手に負えない場合は潔く判断して、
 すぐに必要な助っ人(上のドクター)を呼んで
 簡潔に説明して早く来てもらうこと。
・もちろん必要のない報告や遅すぎる報告を受けたら
 その旨説明して、注意してもよい。
 いいなりではいけない。
・病棟で自分の知識では足りなくて
 正しい判断が下せない、或いは迷うときは、
 潔くそれを認めて、直ちに上のドクターに聞くか調べて来て、
 正しい治療をするように努めること。
・点滴、中心静脈栄養路の確保、傷の消毒、
 ドレーンの管理、経鼻胃管の管理など、
 レジデントが主に行う類の手技が手早くうまくできること。
・なにをするときも、周囲を汚さないこと。

結構、多くのレジデントが陥るのが、
看護婦さんの勢いに押されて、
医者たる態度をみせようと変に頑張ってしまって
知らないこと、うろ覚えのことでも付け焼き刃に
その場で言い張ってしまうことである。
その結果、おかしなことをいっていると
看護婦から上のドクターに直訴されるのがオチであるし、
なにより患者に迷惑で余計な時間がかかって困る。
看護婦さんのほうはレジデントに即座に対応してもらおうとまでは
思っていない。
正しい対応をしてもらうのが目的であるから、あやふやにせず、
上のドクターと相談するか、連れてくるかしてくれれば良いのである。
立派な使いっぱしりというわけだが、それでも
自分でしていいこと、自分だけでしては危ないことを
しっかり判断できることこそがこの時期の医師には重要で、
看護婦さんというのは案外よく見ており、
そういう正直さ誠実さ便利さ判断力という点で
尊敬や信頼を勝ち得ていくことができるように思う。
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by decoppati | 2005-02-17 22:59 | 脳外科の仕事

ボケ予防について一考。

脳神経外科は基本的に
脳や脊髄の手術を要する疾患のための科であるが、
なまじっか「脳」がついているために、
頭のことならなんでもかんでも相談にこられることが多い。
もちろん脳神経外科疾患で結果として「ボケ」ることもあるわけだが、
加齢によるボケは専門外である。

ボケで来るケースに似通った特徴があるのが興味深い。
・いまいましそうに老母や老父を連れて来るその息子や娘が
 銀行員、一流商社マン、キャリアウーマン、
 一部上場企業に勤めるいわゆるエリートであることが多い。
 忙しくて日頃あまり関わっていないということが多い。
・日常を孤独に過ごしている人。
・仕事を真面目に一生懸命やっていた人で仕事が趣味であったが、
 ほかに趣味といえるものがない。

高齢者には地域性があり、
都会ではすでに核家族化が極まっており、独居老人や老々介護が多い。
勉強ができていい大学に進学し、都会で素晴らしい職を得た息子が
田舎から母親を呼び寄せて近くに住わせていることも多い。
息子は仕事が忙しくて構ってくれず、嫁は関係したがらず、
初めて都会にきて知らない人だらけで打ち解けられず、
孤独を託って生活する人も少なくない。
その結果、何日も誰とも会話せずにいることが普通だという。

田舎ではまだ2世代、3世代でワイワイ住んでいるうちも多く、
別居だとしても農業、漁業などを生業としていると、
元気でいるかぎりその高齢者が一番の物知りで生き字引として
地域から崇められ尊敬をうけているのをしばしば見受ける。
収穫などの重要決定事項や
困ったことがあったときの相談役として欠かせない重要人物である。
こういう地域の高齢者は案外元気で、
80代はもちろん、90代でも頭脳明晰で、
生まれ育った地域から動かずにいると
小学校からの親友やらなんやらお互い長寿なので友人が多い。
友人同士で寄り合ってはいろいろな情報を交換しているので、
「こないだもらった湿布が凄く良かったからよー、
 友達に言ったら羨ましがられた。」
とか、外来に通っている80代後半の患者さんが
頻繁に「友達」の話をするのは微笑ましい。
東京ではこういう光景にはほとんどお目にかかれない。
大体、都心で高齢者を診察するときにはまず職業は聞かない。
退職して無職に決まってんだろ、って顔されるのがオチだから。
田舎ではちがう。
いつも誰にでも聞いているように職業を尋ねると、80代でも
「大工です」「床屋です」「百姓です」「漁師です」
と答えるおじいさん、
「畑の仕事」「干物作ってる」「海女です」
などと答えるおばあさんばかりである。

こういう精神的な張り合いや家族や友人との会話、
ゲートボールなどの楽しい遊び、
適度に緊張感を強いられる仕事などが
ボケを予防する大きな要素になるようである。
もちろんこれで全てが解決するわけではなく、
そういう人でもボケることはあると思うが
せめて進行を遅らす効果はありそうである。

同じ田舎にいても息子や娘が東京に住んでいて、
老夫婦だけになっている人たちや、
都心から別荘を買って移ってきた人でボケが進行する人たちがいる。
核家族化が進む今日この頃であるが、
家族をボケさせたくなければ、
せめて電話での会話を頻繁にしたり、
友人との付き合いを推奨したり、
人と関わるような趣味を持ってもらったり、
楽しい行事に連れ出したり、
たまには一緒にトランプ、碁、将棋、ボードゲームなどを楽しむなど
構って構って構い尽くすのがいいのではないだろうか。
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by decoppati | 2005-02-09 20:53 | 脳外科の仕事

医療従事者の人権って?

堅い話をするつもりはないが、
新聞、ニュースなどで患者の権利の話は花盛りだが、
逆に医療従事者の人権の話はとんと聞いたことがない。

処置をしたり、手術をする際に患者さんには
感染症のチェックを受けていただくものである。
第一には他の患者に感染症をうつさないため、
そして、術者や血液を扱う医療関係者に
うつらない工夫が必要なためである。
感染症の患者さんの処置や手術の後は特に念入りに消毒をする。
通常チェックする感染症というのは、
梅毒、B型肝炎、C型肝炎の3つである。
HIV, ATLのような命に関わる感染症も問題になっているが、
特にHIVは本人などの了承がないと調べることができないこともあり、
必須の検査には入れられず、緊急で調べることはまずできない。
ということで、もしHIVの患者がいても知るすべがない。
手術や処置の際、誤って使った針を刺してしまったり、
血しぶきが目に入ったりすることは往々にして起こるもので、
そういったときに殉職みたいに感染する可能性は残されている。
もし感染症と知っていれば、ゴーグルをするとか手袋を2重にするとか
ことさら血液や体液との接触に注意することができるのだが。
患者さんの人権の前では、医療従事者の人権は軽い。

また病気で前後不覚になった人、泥酔した人、
もとから精神を病んでいる人、乱暴者など、
患者にはいろいろな人がいる。
そういう人たちが
医療従事者を殴りつけたり、蹴っ飛ばしたり、
つばを飛ばしてくる、
怒鳴ったりわめき散らすなどは日常茶飯事である。
病気だから仕方がないわけで、
なにをされてもまじめに目くじらを立てることはできない。
しかし、なかには患者の人権をふりかざして、
こちらが反撃できない立場であるのを逆手にとって、
乱暴狼藉の数々をしにくるとんでもない人もいる。
そういう人は病気のためでなく、
もとからそういう気質の人なのだ。

ちょっと殴りかかられたぐらいで
「公務執行妨害」で逮捕できる警官がうらやましくなる。
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by decoppati | 2005-02-05 21:10 | 脳外科の仕事