カテゴリ:脳外科の仕事( 65 )

病院が家族?

大学病院では束縛時間が長く、グループごとに行動するため、
文字通り朝から晩まで手術、回診、食事さえも同じ面子でいることになる。
自宅に帰ってもいいものを、
外勤に行っていた医師が直行するのは病院で、
上機嫌で「ただいまー」と帰ってくるし、
日曜日に暇な後輩など、病院にやってきて医局のソファでTVをみたり、
当直の医師と一緒にご飯を食べたり、頼むと何か買ってきてくれたり
「今日の日曜映画劇場はOOですよ」とかいってくつろいでいたりする。
なんだか仮想家族のようだ。

市中病院にいると、医師同士がそんなに密着する必要はないが、
脳神経外科など救急救命に関する科はやはり当直や急変、
緊急などの関係で病院に居る時間がおのずと長くなる。

普通の週末、大型連休、クリスマス、正月なども
自由に過ごせないのは当たり前の生活である。
(いわせてもらえば、代休ももちろんない。)
こういう中で、少しでも楽しみを見出すことが
自分の精神衛生上いいように思っている。

病院にはどんなときにも多くの人が働いていて、
クリスマスや正月には働いている者同士で
なんとか雰囲気をだそうと努力することがある。
クリスマスには出勤前に仕込んできたケーキやアペタイザー、
勤務中で酒が飲めないのでアップルタイザーなどを持ち寄って、
ちょっとしたパーティ形式のご飯を食べることもできる。
正月は、大体どこの病院のどこの病棟でも
世話好きな看護婦さん(たいていベテラン)がいれば
お雑煮を作ってくれることが多い。
いつも病棟にいる医師のことは、待ち構えていて御馳走してくれる。
田舎の病院などに行くと、自給自足の自家野菜と、
手作りコンニャク、看護婦さんのおじいさんが作った餅なんかで
とてもおいしいお雑煮が食べられる。

こうやって一番の年中行事も病院の中に幽閉されて、
真剣な仕事の合間に、そこにいるみんなと楽しんでいると
自分の本当の家族とは疎遠になりがちなのに
なんだか病院が家族のような気持ちになってくるのである。
さしずめ、私は小うるさいおねえさん、といったところかも。
怖いお父さんや頼りがいのあるお兄さん、
陰険だったり優柔不断だったりするお兄さんたちもいるが、
かわいいやんちゃな弟(後輩)たちと、
またやさしい妹(看護婦)たちに囲まれて
結構楽しく過ごしているのである。
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by decoppati | 2005-01-01 21:01 | 脳外科の仕事

元旦の手術

そんなこと書いてたら案の上、
病院にいる後輩から
明け方入った患者の手術のために呼ばれ、
病院にとっても今年初の手術。
患者をはさんで、新年の挨拶が繰り広げられた。
手術は終わったが、この後、元旦の日当直業務をする。
また、こんないつもの年が始まった。

大型連休に働いていると、
天気が悪かったり、寒かったり、台風が来てたり、
雪が降っていたりするのが微妙に嬉しい。

今日は雪が残るものの久しぶりの天気で、
釈然としない元旦の朝である。
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by decoppati | 2005-01-01 10:25 | 脳外科の仕事

大晦日・元旦

年末12月28日は予定の手術の最後の日で、
多くの病院で「メス納め」といわれる。
救急をあまりとらない病院でも、その「メス納め」のあとに
だらだら緊急手術が続くのは産婦人科と脳神経外科である。

前に書いたように脳神経外科では冬に緊急手術が多い。
これまで十何回か年末年始を過ごしてきたが、
穏便だったことは稀である。
大晦日に当直をしていて緊急手術となり、
手術中に元旦になったことも何回かあった。
よもや当直でなくて、
娑婆にいても手術のために呼び戻されたりする。
気が効く外回りの看護婦さんが0時ちょっと前から
カウントダウンをしてくれたりすると、
患者さんには申し訳ないがちょっと手術の手を休めて
手術室内にいる麻酔科、看護婦さん、先輩後輩に新年の挨拶をする。
外回りからなにもいわれないと、手術に熱中しているうちに
知らずに元旦を迎えており、起きていたのにカウントダウンもできず、
間抜けな気分になるものである。

2000年、2001年の元旦0時はY2K問題で
集中治療室(ICU)にへばりつかされていた。
人工呼吸器を装着された患者が多くいるためである。
もし大規模な停電になった場合、それが5分で回復したとしても、
患者へのダメージが予想されたせいであった。
実際は多くの病院は自家発電器を持っており、クリティカルな部署は
そちらにスウィッチする仕組みになっている。
もし作動しなかった場合、医者が手でアンビューバッグと呼ばれる、
換気のための器具を使って、患者の呼吸をさせなくてはならない。
幸いにして、なにも起こらなかったが、
その両年は大晦日から元旦にかけて当直以外の医師も
もしもに備えて出勤する羽目になって大変迷惑な話であった。
(ちなみにそんなときにも手当てなど一切ないのである。)
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by decoppati | 2005-01-01 02:01 | 脳外科の仕事

さもしい根性に気分が悪くなる。

医療関係者への謝礼

どんなに給料が安くても、謝礼ははっきり言ってなくていいのです。
もらってももらわなくても治療に差などありません。
真面目な話、どの患者さんにも
できる限り最善の処置や治療をする訓練を受けているから、
貴賎なく、全ての症例に全力を尽くすのは当たり前のことです。

お金などもらわなくても、必要なときには説明をするし、
面会のときに御家族に会えば、話もします。
わたしの場合、いただいてしまうと、その患者の部屋に行くのが
却って嫌になってしまいます。
ただ、きっぱりと断っても、押し問答になってしまって、
せっかく培った信頼関係が揺らいでしまいそうになることもあり、
完全にいただかないことは本当に難しいものです。
システム的に公立などでは、一旦もらってしまっても、
事務方に廻せば、自動的に丁重な手紙とともに付き返してくれます。
それでも、返されたほうは気分が悪いだろうなあ、とも思いますが、
これは公務員法の縛りのため仕方がありません。

しかし、多くの病院では
科や専門医資格の有無によって給料に差がないのも
こういうお金を当てにする輩が出る素地になっているかもしれません。
とても暇で、日中から医局に座ってずっと新聞読んでたり、
コンピュータゲームしたりして、9-5時で帰る医者
がいる一方で、
一日中ずーっと走り回って、手術して、
夜中も呼ばれてやってきてまた手術して、終わっても終わっても
また患者が来ててんてこ舞いしてる医者

経験年数によってすべて均一の給料です。

残業代はもらえないのが当たり前(慣例?)なので、
睡眠も削り、残業代もなしで、
夜中に呼ばれていわばサービスで手術した患者に
直接お礼をもらったりするのを当然と感じるのは
仕方がないことかもしれません。
病院のシステム自体が変わらない限り、問題は解決しないことでしょう。
出来高制度を導入することを検討している病院もあるようですから、
是非とも働いている量を勘案して適正な給料を出してもらいたいものです。

それにしても、人間、どこまで忙しくても、寝ていなくても、
さもしい根性にはなりません。
面白いことにこういうさもしい根性を持っている医師は
かえって患者の家族から白い目で見られることが多く、
逆に無欲の人に信頼が集まることも多いものです。
医師である前に、情緒をみがき、少なくとも
生き方に美学をもつことが大切だと思います。
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by decoppati | 2004-12-27 13:36 | 脳外科の仕事

刺青

夜、時間外診療を受けにくる人はさまざまであるが、
「その筋」の人がやってくることも多い。
刑務所や留置所から腰縄つき、警官5-6人つきでやってくることもあるが、
ふらーっと来て、数日前からの頭痛を訴えることも多い。

大抵の場合、当然のごとく別段問題なく普通に診療は終了するが、
ときに、「頭が痛い」という症状のみを訴えているにもかかわらず、
なぜかもろ肌脱いで、それはそれは素晴らしい刺青を
わざと見せる御仁もちらほらいる。

礼を失しない程度に、頭の症状からいって
もろ肌脱ぐ必要がないことを話して、
「どうぞしまってください」といい、
C型肝炎(HCV)の有無について尋ねる事にしている。
いまだにHCVを御存じない、「その筋の」方々も多く、
逆にHCVについて尋ねられたら、丁寧に説明して差し上げる。
調べてみると、古くに立派な刺青を入れた人ほど、まず陽性である。
ただし、筋彫りのみとか、小さい刺青とか、外人などの機械彫り、
はたまた最近入れた人たちは陰性であることが多い。
どうやらここ10年程前からは、
刺青をいれる針もディスポーザブルになったらしい。

いずれにせよ、HCVについて知った後は、
心なしか意気消沈させてしまうのが常である。
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by decoppati | 2004-12-27 01:36 | 脳外科の仕事

長い手術のときの栄養補給

脳神経外科の手術の長さはまちまちではあるが、
頭蓋底の脳腫瘍の手術や、血管に富む腫瘍の手術では、
10時間を越えることもままある。
朝9時前から始まって午後7時に終わればまだいいが、
終わるのが夜半すぎということも時にある。

昼を抜かして働き続けることは、
手術以外でも多いので慣れてしまうが、
昼も夜も抜かして、手先に集中していると
かなり疲労してくるものである。

そういうときに以前よくやっていたのが、
夕方近くに看護婦に糖分のある飲み物を買ってきてもらい、
(或いは医局の秘書さんに届けてもらい)
通常はおしっこの管で使う尿道カテーテル(もちろん新品)の根元を
缶の飲み口に入れて、その先をマスクの中に差し込んでもらうというもの。
手は清潔なので使えず、器用に口を廻して
カテーテルの先をキャッチするわけである。
そこから飲む飲料は格別である。
糖分と水分が体に染み渡って、生き返っていくのを実感する。
現金なことにたったこれだけのことで、またやる気と集中力が回復し、
最後まで手を抜かずに手術を続けられるわけである。
最近は感染コントロールなどの問題で、多分廃止される方向であろうが、
缶一本をあんなにおいしく感謝して飲める機会は、
普通の生活の場ではまずないと思う。
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by decoppati | 2004-12-26 15:25 | 脳外科の仕事

正月.2

レジデントと言われる2年目までは、
連休というものはほとんどもらえず、夏休みは2-3日、
年末年始には1日休みがもらえるのが関の山であった。
2年目の時、夏休み3日のところ、上司の機嫌が良くて、
「お前よく働いたから1日増やして4日休んで良いよ」といわれて、
天に昇るほど嬉しかったのを覚えている。
閾値が相当低くなってたみたいで、今考えると笑える。
今のレジデントはどこでも、一律最低1週間の休みがあるはずだ。

そんな、仕事を始めて1年目のときのこと。
東北のある病院で働いていて、
もちろん年末年始もずっと病院に居ずっぱりになっていたのだが、
そこの院長が突然、元旦だけ一日休みをやる、といってくれた。
ただし、
「正月に親の顔を見ない奴はろくな奴じゃないから、
 是非親の顔を見てこい」との事だった。
うちの親はと言えば、その年末年始、
脳天気にも家族で京都に遊びに行って滞在中だった。

ばか正直なわたしは、たった一日の休みにもかかわらず、
その東北の街を元旦の朝に出発し、
遠路はるばる、乗り継ぎ乗り継ぎ、京都に行った。
6時間かけて到着した京都はすでに午後2時頃で、
気を利かせた親が早い夕食を5時にセットしてくれて、
どうにか一緒に夕食をとり、ダッシュでまた6-7時間かけて
深夜に赴任地に戻った。そしてわたしの大事な休みが終わった。
こんなことなら、休みなんて要らなかったと本気で思った正月であった。
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by decoppati | 2004-12-23 00:02 | 脳外科の仕事

正月.1

どこの科であっても、勤務医である限り当直はつきもので、
特にゴールデンウィークや正月のような連休には
少なくとも2日以上の当直が科せられる。
毎日うちに帰れる仕事に憧れるのはそういう時である。
どんなに遅くなっても、自宅にたどりついて
自分のベッドで寝られるなんてささやかながら極上の贅沢といえる。

正月当直の一番の苦労は、食べ物。
普段でも当直中は病院から一歩も外に出られないため、
ご飯は普通外からとることになる。
(通称、「当直めし」と呼ぶ、病院のまかない食が
 用意されていることもあるが
 例外なく勤労意欲をそぐような物体である。
 従って、元気良く働くためにはなにか外からとったほうがよい。)

正月、特に元旦は外食産業も休みであることが多く、苦労する。
みんなが家族で楽しく浮かれてるときに
寂しく間断なく働くだけでも滅入るのに、
しょぼいご飯を食べるとか、空腹でいたら、もっと滅入る。
この時期は繁忙期であるため、お菓子やカップラーメン、餅などを
正月の非常食として備蓄しておく医局もあるが、
しょぼいことこのうえない。
来年早々の元旦当直の際にせめておいしいものにありつけたら
どんなに手術が多くてもやる気まんまんになるのだが。
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by decoppati | 2004-12-22 23:44 | 脳外科の仕事

冬は脳外科の季節!

どこの施設に行ってもいえるのは、
冬は脳外科の手術数が明らかに増えるということ。

なぜか。
思い出すと、子供の頃、
実家の近所のお年寄りがクリスマスから正月にかけて
トイレの中で倒れていたとか、死んでいたとかいう話を良く聞いたものだ。
それが運ばれてくる先が、脳神経外科だったのだ。
寒いと血圧の変動が大きくなることに関係して、
脳梗塞、脳内出血、くも膜下出血などが発生することが多い。

もひとつは、12月・1月は忘年会、新年会で
泥酔してもとことん飲む人が多く、
そこらじゅうで轢かれたり、転んだり、
階段から落ちたりすることに起因する。
手術を要する頭部外傷が明らかに増えるのである。

ちなみに秋の風物詩は柿の木からの転落である。
柿の木は折れやすく、じいさんたちがそう知りながら
何故か、懲りもせず上っては折れて落ちて頭を打ってやってくる。

ついでに1月の「もちつまり老人」も、毎年懲りずに必ず数人やってくる。
3ヶ日はもちろんのこと、中旬すぎてもやってくる。
ま、患者のほうは毎回違うのだから、懲りようもないわけだが、
どうして小さく切るとか、食べないようにするとか、家庭で注意するとか
できないのかがちょっと不思議である。
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by decoppati | 2004-12-21 18:31 | 脳外科の仕事

腹上死 もどき.2

前の話のつづき。

逆にまさに天晴れな人もいた。

ある女性が不倫中に倒れてやはり重度の後遺症が残った。
そこで夫は妻が自分の親友と寝ていたことをはじめて知るところとなった。
夫も、愛人も頻繁に面会に来て、彼女を支え、
結局退院の時に、両者が話し合って、
夫が泣く泣く手を引き、
愛人のほうが一緒に住んで彼女の介護をすることになった。

天晴れな女性であり、夫も愛人も素晴らしい。
彼女が病前にいかに多くのものを彼らに授けていたかが偲ばれた。
どんなに重い病に倒れても、
病前に人にどのように接していたかによって、
多くの物を得られるひとも居るのである。
これぞ「女冥利につきる」わけで、うらやましかった。
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by decoppati | 2004-12-18 19:33 | 脳外科の仕事