<   2005年 01月 ( 16 )   > この月の画像一覧

レジデントのとき人より手術に多く入るには。

外科系のレジデント(研修医)にとって寝ずに食べれずに
一生懸命働いていることに対する一番嬉しいご褒美は
手術に入れてもらって、新しいことを学ぶこと、
手を動かさせてもらうことである。
少しでも手伝わせてもらう機会を多く持つことは
レジデント仕事の大きな報酬となる。

毎日毎日病棟での仕事ばかりになると、
レジデントでも腐ってくる。
脳神経外科の場合、術野が非常に狭いので(頭や首だけ!)
通常2人、研修医を入れる場合でも多くて3人で手術を行う。
また、3人で手術する羽目になると、
まん中に立つのは大抵レジデントで
道具をとりにくく、居心地が悪く、
下手に手を出すと先輩に怒鳴られるため
ただ突っ立っていたほうがいいような気分になるものである。
その結果ふて腐れて立っている羽目になることもある。

自分がレジデントのときの嬉しかった体験がある。
レジデント同士が同じ手術に入ることがないので
他の人がどう振る舞っているのか知る由もなかった。
先輩と一緒に手術に入る機会を得ても
術者から指示がない限り怒られるのがいやで
指示があるまでじっとしている人も多かったようだ。

私はといえば、
長時間じっとしているほうが苦痛なので
なにも指示されていないのに術者が次に何をしようとしているか、
何をしてあげたら無駄な動きがなくていいのか、楽なのかを
ずーっと推察しつつ、手を動かしていってみた。

邪魔なときは邪魔といわれるため、
これでタイミングや術者の癖や性格を覚えた。
それより、結構ツボにはまっていたようで、
術者からは「やりやすい」と褒めてもらえるようになり
教授などの手術の助手に推してもらえることが増えた。
また、手術のときに足手纏いにならないために、
ある程度の糸結びや糸が緩まない練習は最低限しておいた。

こうなると、レジデントが沢山いても
術者から直接声がかかることが確実に増える。
そういうときに他のレジデントから
やっかみの声がでたりするわけで
とんちんかんなことに「女だから重用されてる」
とさえいわれたものだが、同期の女性にはそれがあたらず、
また、直接先輩達から
「だって手術がスムーズで早くなるから選ぶのだ」といわれ、
溜飲を下げた。

今、自分が術者になって思うが、
やはり自主性のあるレジデントは教えやすい。
手を動かさない者に「ここをこうやれ、ああやれ」
といちいち指示するより、
ちょっとは勉強してきて、手伝ってくれようとしたり、
考えながら自分から手を動かしている者に
「そこは触っちゃだめ。これはやっちゃだめ。」と止めるのは簡単で、
「もっとこんなかんじで。」
と指示する方がはるかに簡単で教えがいがある。
だからといって、決して機会を不均一にすることはしないが、
教える方も人間であるから、明け方の手術ともなると、
できの悪いレジデントと入って時間を浪費するぐらいなら、
と、そういうレジデントのときは呼ばずに、
一人で手術してしまうのである。
[PR]
by decoppati | 2005-01-06 00:13 | 脳外科の仕事

男女関係

最近は観ていないのだが、アメリカのTVドラマ「ER」では
救急外来という小さな母集団の中で目まぐるしく
カップルの取り合わせが代わってまるで
swingersという感じであった。
しかし、これこそがまた現実の一部であることも
あながち否定できない事実である。
ドラマをみていてあまりおかしいと思っていなかったのだが、
一緒に観ていた違う分野の友人が「ありえない!」と言ったので
それに驚いた。

同じ看護婦さんが医者と何人か立て続けにつきあうことや、
医者が多くの看護婦や事務員、助手さんなどと同時進行的に
関係を持つことがどこの病院にいっても外科系ではよくある。
その結果、ちょっと前にカップルだった人たちが
お互い違う相手とつきあうこともままあることで、
情報が遅れているとついていけない。
束縛の多い職場なので職場恋愛は多い。職場結婚も多い。

ただ、ちょっとどうしていいかわからなくなるようなことも
往々にして起こる。
当人同士が幸せなのだから別に揶揄することもないのだが、
若い医者が同じ医局の何人もの医者とつきあっていた看護婦さんと
結婚する場合がそれである。
彼はもしかして全く知らないのかもしれないし、
知ってのことかもしれない。
別に知る必要もないだろうから、教えるつもりもない。
しかし、彼の入局する前から何人もの先輩が新婦のことを
よーく知っており、また周囲もいろいろ聞いて知っているのは、
端から見てなんとなく気持ち悪いような気がする。
結婚しないまでも、
俗にいう「義兄弟」が長男から6人も数えられるような
ツワモノ看護婦さんと若い医者がつきあい始めたと聞くと
蔭で男性陣からいろいろ前のことの話が
詳細にわたって飛び出して気の毒になる。

そういう意味でも仮想家族状態であるかもしれない。
ただ、医者と極端に付き合いのいい看護婦さんは、
「人がいい」だけであって
ふしだらとはちょっと違うことは名誉のために付け加えておく。
[PR]
by decoppati | 2005-01-05 01:09 | 女性にもいろいろ

人が倒れるとき

救急で運ばれてくる患者の多くは、
「突然」調子が悪くなってくる人たちである。
特に消防から脳神経外科御指名でくる重症患者は
「突然」なにかが起きて意識がなくなった、という人が多い。
脳内出血やくも膜下出血、脳梗塞、頭部外傷など
いろいろな原因があるが、いずれも時も場所も選ばない。
厄介なことに50代、60代の働き盛り、大黒柱のお父さんも多い。

夜や休日に自宅で発生した場合には、
当初から近くに家族や一番親しい人が居るから、
やってくるまでに周囲の人にもそれなりの覚悟がある。
しかし、仕事中というのがとにかく多い。
そのため、発生から病院にたどり着くまで一緒にいるのは
同僚や部下、上司といった人たちで、
家族は電話で連絡されて本人に会うために直接病院にやってくる。
心配して悲壮な面持ちで必死にとるものもとりあえずやってきて、
思いもしなかった家族の昏睡状態をみて、
また、もう元には戻らないと聞いて、
信じたくないし、信じられない。

そんなとき、よく家族から聞くのは後悔の念だ。
「いつもお父さんがでかけるときなにも話をしないから、
 今日もいってらっしゃいとさえ、いってあげなかった。
 ちゃんと顔をみて、送り出してあげればよかった」
「朝、話かけられたのに邪険にしてしまった」
「頭が痛いといってたのにとりあってあげなかった」
「こんなことになるならもっと普段から
 大事にしてあげればよかった」
などなど、書ききれない。

実際、元気に朝、うちを出て行った人が、
次にあったときには昏睡状態だったり意識朦朧として、
重症で元には戻れないとなったら、後悔が尽きないと思う。
どんなにいろいろしていても、後悔は残ることだろう。
バイク事故などで亡くなる若い人ならなおさらだ。

毎日こういう模様をみていて、この仕事を始めてから
個人的には家族や友人に対して率直になるし、
素直に感謝を述べられるようになった。
オーバーかもしれないが、
こちらも家族も友人もいつ何が起きるとも知れない。
これが最後の別れになるかもしれないといつも思って
少しでも後悔が減るように一緒に過ごす時間を大切にするようになった。
[PR]
by decoppati | 2005-01-02 00:17 | 脳外科の仕事

病院が家族?

大学病院では束縛時間が長く、グループごとに行動するため、
文字通り朝から晩まで手術、回診、食事さえも同じ面子でいることになる。
自宅に帰ってもいいものを、
外勤に行っていた医師が直行するのは病院で、
上機嫌で「ただいまー」と帰ってくるし、
日曜日に暇な後輩など、病院にやってきて医局のソファでTVをみたり、
当直の医師と一緒にご飯を食べたり、頼むと何か買ってきてくれたり
「今日の日曜映画劇場はOOですよ」とかいってくつろいでいたりする。
なんだか仮想家族のようだ。

市中病院にいると、医師同士がそんなに密着する必要はないが、
脳神経外科など救急救命に関する科はやはり当直や急変、
緊急などの関係で病院に居る時間がおのずと長くなる。

普通の週末、大型連休、クリスマス、正月なども
自由に過ごせないのは当たり前の生活である。
(いわせてもらえば、代休ももちろんない。)
こういう中で、少しでも楽しみを見出すことが
自分の精神衛生上いいように思っている。

病院にはどんなときにも多くの人が働いていて、
クリスマスや正月には働いている者同士で
なんとか雰囲気をだそうと努力することがある。
クリスマスには出勤前に仕込んできたケーキやアペタイザー、
勤務中で酒が飲めないのでアップルタイザーなどを持ち寄って、
ちょっとしたパーティ形式のご飯を食べることもできる。
正月は、大体どこの病院のどこの病棟でも
世話好きな看護婦さん(たいていベテラン)がいれば
お雑煮を作ってくれることが多い。
いつも病棟にいる医師のことは、待ち構えていて御馳走してくれる。
田舎の病院などに行くと、自給自足の自家野菜と、
手作りコンニャク、看護婦さんのおじいさんが作った餅なんかで
とてもおいしいお雑煮が食べられる。

こうやって一番の年中行事も病院の中に幽閉されて、
真剣な仕事の合間に、そこにいるみんなと楽しんでいると
自分の本当の家族とは疎遠になりがちなのに
なんだか病院が家族のような気持ちになってくるのである。
さしずめ、私は小うるさいおねえさん、といったところかも。
怖いお父さんや頼りがいのあるお兄さん、
陰険だったり優柔不断だったりするお兄さんたちもいるが、
かわいいやんちゃな弟(後輩)たちと、
またやさしい妹(看護婦)たちに囲まれて
結構楽しく過ごしているのである。
[PR]
by decoppati | 2005-01-01 21:01 | 脳外科の仕事

元旦の手術

そんなこと書いてたら案の上、
病院にいる後輩から
明け方入った患者の手術のために呼ばれ、
病院にとっても今年初の手術。
患者をはさんで、新年の挨拶が繰り広げられた。
手術は終わったが、この後、元旦の日当直業務をする。
また、こんないつもの年が始まった。

大型連休に働いていると、
天気が悪かったり、寒かったり、台風が来てたり、
雪が降っていたりするのが微妙に嬉しい。

今日は雪が残るものの久しぶりの天気で、
釈然としない元旦の朝である。
[PR]
by decoppati | 2005-01-01 10:25 | 脳外科の仕事

大晦日・元旦

年末12月28日は予定の手術の最後の日で、
多くの病院で「メス納め」といわれる。
救急をあまりとらない病院でも、その「メス納め」のあとに
だらだら緊急手術が続くのは産婦人科と脳神経外科である。

前に書いたように脳神経外科では冬に緊急手術が多い。
これまで十何回か年末年始を過ごしてきたが、
穏便だったことは稀である。
大晦日に当直をしていて緊急手術となり、
手術中に元旦になったことも何回かあった。
よもや当直でなくて、
娑婆にいても手術のために呼び戻されたりする。
気が効く外回りの看護婦さんが0時ちょっと前から
カウントダウンをしてくれたりすると、
患者さんには申し訳ないがちょっと手術の手を休めて
手術室内にいる麻酔科、看護婦さん、先輩後輩に新年の挨拶をする。
外回りからなにもいわれないと、手術に熱中しているうちに
知らずに元旦を迎えており、起きていたのにカウントダウンもできず、
間抜けな気分になるものである。

2000年、2001年の元旦0時はY2K問題で
集中治療室(ICU)にへばりつかされていた。
人工呼吸器を装着された患者が多くいるためである。
もし大規模な停電になった場合、それが5分で回復したとしても、
患者へのダメージが予想されたせいであった。
実際は多くの病院は自家発電器を持っており、クリティカルな部署は
そちらにスウィッチする仕組みになっている。
もし作動しなかった場合、医者が手でアンビューバッグと呼ばれる、
換気のための器具を使って、患者の呼吸をさせなくてはならない。
幸いにして、なにも起こらなかったが、
その両年は大晦日から元旦にかけて当直以外の医師も
もしもに備えて出勤する羽目になって大変迷惑な話であった。
(ちなみにそんなときにも手当てなど一切ないのである。)
[PR]
by decoppati | 2005-01-01 02:01 | 脳外科の仕事