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花の色はうつりにけりないたづらに……

「わが身」ももちろんだが、
人間誰しも容姿は嫌が応でも変遷し衰える。
男性でも女性でも老化による衰えは同じはずだが
女性は特にそれを敏感に気にするものである。
はげてでぶになって10年前とは大違いになった男性でも
目の下にちょっとぐらいクマができた女性が鬱々とするのに対して
概ねおおらかな気持ちで生きているようにみえる。

男性優位の医療現場では
若い女性でありさえすればまず美醜を問わずちやほやされる。
当然女医へもその傾向はあるものの
男性医師の看護師に対する評価ほど露骨ではない。

若い看護師がかわいかったり美しかったりすればもちろん、
まあたとえ面相がいけてなくても、
新人に近いほどとにかく構われる。
ゴルフ、テニス、スキー、フットサルなど
医師の主催するスポーツへの参加を要請されたり、
野球の応援に駆り出されたり、
いちいち近況を聞かれたり、メールのやりとりをしたり。

しかし、花の命は短くて・・・・
こういうちやほやは長くは続かず数年で、
医師の関心はさらに若い看護師に移っていくのであった。
ついこないだまで蝶よ花よといわれておだてられていたのに、
お誘いがかかなくなり、話に乗ってもらえなくなり、
挙句、「おばさん」呼ばわりされるようになったりする。
(もちろん、よっぱどの美人や気立てのいいタイプの看護師で
 年取ってもちやほやされてる例外だっているが。)

新人達はちやほやされ、
上の看護師はそういう意味では相手にされなくなる。
こういった構図はずーっと昔から脈々と続いていて、
どこぞの婦長などが昔はかなり医者と遊び狂ってたという話もよく聞く。
ちやほやされたものははしゃぎ、
それを苦虫を噛み潰した思いでみている人もいる。

これがまた、看護師内の年功序列を乱すことも多い。
先輩看護師が注意しているそばで、
医師が通るといきなり泣いて見せる子もいるし、
通りがかりの医師がその先輩看護師をとりなして
「かわいそうに〇〇ちゃん」とかいって慰めたりしてしょうもない。
しかし、因果は巡る。
その泣いて見せてた新人が、
ほんの数年で注意する先輩看護師となって
同じ場面で同じことをされるところを目の当たりにすると、
なんともいえない寂寥を覚える。
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by decoppati | 2006-04-29 17:50 | 女性のハンディ

収入の格差が気になる?

一概には言えないが、
一般的に医師はもちろん、看護師も
若い女性の中では高給取りということになるようだ。
その傾向は特に田舎に行くと顕著らしい。
地方の病院などに赴任しているときによく聞いたのが、
女性看護師の恋愛に関する愚痴で、特にお金に関することである。
知り合う男性の収入が低いのを気にしている人が多かった。

車がしょぼい、食事に行くところがしょぼい、
デートにいったりホテルに行っても良くて割り勘だ、
挙句、金をせびられた、大金を貸している、など。
片や、職場での男性医師の派手な生活を垣間見て
比べる気持ちもあったようだった。

世の中だらしない人もいるから、
もともとお金引き出そうと近づいてくる人もいただろう。

ただ、人間性はお金では量れないわけで、
相手のいろいろなところが本当に気に入っているなら
収入の格差はクリアできるように思う。
文化価値が違うもの、料理、旅行、買い物などは
一緒に楽しめる他の人といけばストレスもない。
お互いにそれに対する寛容があれば大丈夫。

その場合、相手に求めるべき素養は、
① お金にだらしなくないこと。
② 不正直でないこと。
③ 大事なことで隠し事がないこと。
④ プライドがある人。
④ なによりも自分を尊重してくれること。寛容さ。
⑤ 二人で楽しく過ごそうという意思があること。
などだろうか。

あとでお金のことでいやな思いをしないように
自分が律することは
① お金の管理をきちんとする。
② 男を立てるつもりなら
   割り勘だとしたら10円でも100円でも多く払ってもらい感謝する。
③ 金の貸し借りは絶対にしない。
④ 話し合ってなにがどのぐらい一緒にできるかを
   はっきりしておく。
⑤ 自分が妥協するのが嫌なことがあるように、
   向こうにも嫌なことがあるのを理解する。

確かに収入も大事だが、
もっと大切なことを見失わないように
前向きに楽しく過ごせればそれに越したことない。
自分が元気で働いていれば食うに困ることはないのだから。
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by decoppati | 2006-04-23 12:19 | 女性のハンディ

インターネット前夜

まだインターネットが普及する前、
携帯電話がまだでかくて都市のみでしか使えなかったときの話である。

雑巾のような待遇だった外科系研修医にとって、
当直じゃなくても自分のプライベートな自由時間を持てるのは
非常に限られた時間帯だけであった。
深夜2時から明けて7時頃。
普通であれば寝ればいいものを、
ここぞとばかり有効に使いたくなったものだった。

友人にも交際相手にも家族にもなかなか連絡できない身は辛い。
そのままにしておくと誰からも疎遠になってしまうから。
たまにはゆっくり連絡したいわけだが、
こういう時間がとれるのは唯一そんな時間帯だけだった。
しかし、どんなに親しくても
緊急事態でもないのに明け方に電話するのは憚られる。
というわけで自由時間に悠々連絡できる相手は自ずから決まってくる。
時間が丁度さかさまになる国にいる友人や夜行性の職業の人達。
女性の友人が悩んで夜眠れずに、
相談の電話してくるのさえwelcomeであった。
思えばその頃は病院も暢気で、
院内から外線で外国に電話掛けてたけど、お咎めなかったなあ。
その頃、夜中に他愛もない会話につきあってくれた友人に感謝である。
これらは本当にいい気分転換になった。
寝不足になったとしても、睡眠とは換え難い平安をもたらしてくれた。

そして10年前頃からまずインターネットが普及したことで
どの時間でも相手の迷惑を心配せずに
コミュニケーションをとれるようになった。
これはこういう生活をするものにとって画期的な改善であった。
昼間の仕事の自宅住まいの友人にも気兼ねなく連絡できるなんて。

自分も今となっては普通に電話する時間さえとれる余裕もあるし、
研修医も時間に相当余裕があるし、それほど切実ではないのだけれど。
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by decoppati | 2006-04-03 23:00 | 脳外科の仕事